いっしょに暮らすことになった蒼星石。
お父様は仕事場、白崎さんは外商に出かけた。
だから、居間に二人っきり。
「蒼星石、お風呂わかしたから、入ったら？」
とにかく、わたしは今度こそ、蒼星石をお風呂に入れなくては、と思った。
「うん……でも、いいよ」
「なにいってるの。今まで、ずっとちゃんとお風呂入ってなかったんでしょ」
こくり、とうなずく蒼星石。
「だけど……」
どうもモジモジしている。
「お風呂、キライ？」
すると、蒼星石は顔を赤くすると、モジモジしながら、あちらこちらをキョロキョロ見て、恥ずかしそうに小さな声でつぶやいた。
「いや、お風呂って、どんなのかな……僕、ほら、人形の体だったから、お風呂に入ったことなんてなかった。人間の体になっても、たまに水を浴びるだけだったし。正直、に、人間の体って臭いし、お風呂に入っても、汚れは取れやしないよ。たぶん」
ああ。
やっぱりつらい目にあってたのね。
「それは誤解よ。人のからだって、清潔にしているとほんと、良い匂いがするものなのよ」
「そうかなぁ」
仕方ない。一人で入るのは心細いだろうから、わたしもいっしょに入ることに。
わたしは蒼星石の手を取り、ごういんに脱衣場につれこんだ。
よく見ると蒼星石は、「あちら」の世界でのクラシックな衣装ではなく、あちこちほころびのできた古いブラウスと短いズボン、それだけだった。
「ぼくの着ていた服は全て取り上げられてしまった。その代わりに、このボロ服をあてがわれたんだ」
悲しそうに言った。わたしは、慰めるように言った。
「あとでわたしの服を貸してあげるから」
ただ、ちょっと大きいかも。
下着はほとんど替えていないらしく、正直、臭った。
「ほ……ほら、だからいっただろう。こんな生身の体なんて……侮辱だ」
その臭うことに、顔を真っ赤にして恥ずかしがる蒼星石。
「そんなの、洗えばすむことじゃない。ほら、脱いだぬいだ」
わたしは蒼星石のシャツを脱がした。
「あっ」
でも、最後の下着は自分で脱いでもらった。
観念したのか、もう、大して恥ずかしがる様子もない。
あらためて見てみても、明らかに人形の体ではなく、女の子の体だった。
胸は少し膨らみかかって、小さな可愛い乳首。少しくびれの出始めた腰のあたり。
そして、大切な場所は少し……毛が。わたしだって、まだ生えてないのに。
ちょっとくやしい。
わたしは、いやがる蒼星石を浴室に押し込んだ。
そして、わたしも面倒なので全て脱いじゃった。
思わず、蒼星石の胸と自分のを比べてみる。
……小さかった。なんだかがっかり。
「さあ、そこに座って」
まず、蒼星石の体をボディソープとスポンジでていねいに、３回ほど洗い流した。
すると、垢が落ち、つやつやの張りのよい、滑らかな肌があらわになった。
「へえ、きれいな体しているんだ」
「そうかな？ でも、恥ずかしいよ」モジモジしている蒼星石。
シャンプーも２回。そしてリンスで仕上げる。
かなりフケが溜まっていた。でもきれいになった。
「ほら、これであなたもキレイになったでしょ」
「ありがとう。こんなにサッパリしたの、久しぶりだよ。お風呂って、悪くないな。……それじゃ、今度はぼくが背中を流してあげるよ。こうかな？」
そう言うと、蒼星石はわたしの後ろに回ると、背中を流し始めた。
とても気持ちいい。スポンジに泡立てた石けんの量がピッタリで、また、スポンジのこすり具合が強すぎず、弱すぎず、心地よかった。
「えと、君って、きれいな肌をしているね」
恥ずかしそうに蒼星石が言った。
「そうかな？ 蒼星石だって、胸が大きいし、それに……」
「う〜ん、胸が大きい、って良いことなのかな？」
そういうと、自分の胸を揉んでみる蒼星石。
そしたら、次には急にわたしの胸を揉み始めた。
「キャッ」
びっくりした。心臓がドキドキした。
「あ……ごめん」真っ赤になる蒼星石。わたしも、顔がほてった。
気まずい沈黙が……。
「あ、そうそう。湯船につかろう」
そういうと、わたしは蒼星石を湯船に誘った。
我が家の湯船は大きく作ってあった。
だから、わたしと蒼星石が二人一緒にはいることができた。
「うわ……これ？お湯があふれているよ？ こんなのに入ったら、ぼくたち……」
まだ、自分が人形だと思っているところがある蒼星石だった。
「ああ、だいじょうぶ。ほら、こうして入るのよ」
わたしは、一度しっかりと湯船のお湯で、少し残ったシャボンを流すと、低めの縁に腰掛けて、そろりと体を湯船にすべりこませた。
全身を温かいお湯が包む。チャプン、と入浴剤の入ったお湯が音を立てる。
「え〜と」
ためらっていた蒼星石も、意を決すると、わたしと同じように……あっ。
ドボン、と不器用に飛び込んだ。
「うわ、うわあっ」
あわてる蒼星石。
バシャバシャとしぶきを立てて、もがいてる……そんな蒼星石をしっかりと支えて、落ち着かせる。
「ほら、かんたんに背が立つのよ」
「あ……ホントだ」
クスリ、と笑うわたしに照れる蒼星石。か、かわいい。
それから、そーっと湯船につかる蒼星石。やがて、そのこわばった表情がほどけていく。自然に、鼻歌が出てくる。
それは、バロック調の何かのクラシックの調べ？ みたいだった。
「フンフンフン……あー気持ちいい。お風呂って、こんなに気持ちいいものだったんだね」さっきまでの蒼星石はどこへやら。
そうしてしばらくお湯につかって暖まってから、わたしはいやがる蒼星石を風呂からあげた。
「あ、もう少し。いいだろ……？ ね」
「ダメよ。ノボせちゃうわ」
「ノボせる？」
その意味と、つらさを後日、蒼星石は知ることになるのだが。
ひとまず、お風呂から上がると、二人で天花粉を付け合った。
「うわぁ。いい匂い」
「でしょ」
それからわたしのパジャマを貸して、冷えたコーヒー牛乳をわたしと飲む蒼星石。
「ぷはー。極楽極楽。お風呂って、こんなに良いもんだったなんて」
「でしょう」
ちなみに蒼星石の下着は、あらかじめ買って置いた新品だ。
蒼星石は、クンクン、と自分の体の匂いをかいだ。
「……ほんとだ。石けんと、天花粉と洗濯もののいい匂い。これが、人間のからだ、なんだぁ」
「わかったでしょ？ ふぁああ……っ。なんだか、眠くなっちゃったわ。すこし、昼寝するわ」
そう蒼星石に断ると、わたしは自分の部屋に行き、ベッドに潜り込んだ。
まだ夏なので、タオルケット一枚で、湯冷めの心配はない。夕食の支度までには、まだ時間もある。
そこへ。
「えーと、お風呂に入ったら、休むものなのかな？」と蒼星石がわたしの横に。
ふわり、と蒼星石の心地よい女の子の香りが。
「いいわ。いっしょに休もう」
そうして、わたしたちは仲良く寄り添ってお昼寝した。
「水晶、水晶？」
「ん……」
気がつくと、周囲はすっかり夕方。
寝ぼけたまなこに、わたしをのぞき込むお父様が。
「えーと……キャッ」
何気なく時計を見ると、もう６時。大変。お夕食の支度が……。
「よほど、眠たかったんだね。いいよ、今夜は出前を頼んだから」
そして夕食。
珍しく、お寿司だった。
「まぁ、蒼星石の歓迎ということもあってだな、……というわけだ」
お父様がわざとぶっきらぼうに言った。
恥ずかしそうに、うつむいている蒼星石。
「あ、ありがとうございます……ねむってしまって、すみませんでした」
「いいのよ、そんなこと」
「そうそう。蒼星石はわりとジャパニーズが馴染むみたいだから、お寿司、大丈夫なんでしょ？」と、白崎さん。
「はい。好物です」
「うむ。それじゃ、蒼星石を歓迎してカンパイ」
「かんぱーい」
おわり
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