そして、今日はクリスマス。
これから正月明けくらいまで、みんなで家族の親睦を深め合う祝いごと。
家族といえば、新しく家族になった蒼星石も、わたしはじめ、みんなに少しずつ、なじんできているようだった。
「ねえ水晶。きのうの夕方、どんな夢を見ていたの？」
わたしがご本を読んでいると、蒼星石が質問してきた。
今日はクリスマスなので、蒼星石もお休み。あと、２８日には仕事納めの予定だ。
「う〜ん……」
翠星石が出てきたなんて、蒼星石には言えない。でも、
「寝言で、姉さんのマネをしていたから、もしかしたら、翠星石の夢を見ていたんじゃないかと思ってね……」
少し、遠慮がちに言葉を足す蒼星石。あら、わたしったら。寝言言ってたのね。
「そ、そうなの？ やだ、わたし。恥ずかしい」
「ははっ……。でも、寝言は誰でも言うものだし。それより、姉さんの夢って、どんなのだった？ 良かったら、教えてほしいんだけど……」
モジモジしながらの問いかけに、わたしはなんだか、かわいそうになってしまい、一通り話して聞かせた
そう。蒼星石は、大切な姉さんと離ればなれだものね。
「ああ。僕も夢の世界でいいから、姉さんに会いたいなぁ。そうだ、今からうたた寝したら、姉さんと会えるかも」
蒼星石は、事実上アリスゲームを降りてから、翠星石のことを「姉さん」と呼んでいる。
「よおし、試すぞ。えーと、こうして座って、テーブルにうつぶせになって、と」
三分ほど経過。
「あーダメだ。眠くならないよ」
困ってしまった蒼星石。そこへ、お父様が。
「蒼星石、それじゃあ私がちょっと、催眠術を」
そういうなり、糸を付けたコインを取り出した。お父様も、最近では蒼星石をローゼンドールというよりも、親戚の子で、たまたま一緒に暮らしている、くらいに受け止めている……みたい。
「え？ お父様。催眠術も出来るの？」
「ああ。大抵のことはね。さてと、蒼星石。その椅子に座って、気持ちを楽にして、そう。あなたはだんだんと眠くなる……」
後は、催眠術から覚めた後の蒼星石から聞いた話。
まず、とある白亜の病院。
その長期療養病室の一つに、一人の少女が住んでいた。名前はめぐ。
確か、水銀燈のミーディアムね。
「ねぇ……」けだるげに、水銀燈がめぐに声を掛ける。「この病院、クリスマスパーティなんてやってるんでしょ。くだらなぁい」
「うん。あんないい加減なお祭り騒ぎ、わたし、行かない。だって、食事は相変わらずゲロのままだし、ケーキだって、一つ１００円のパックケーキだもの。あんなの、食べたらわたしのからだが汚れちゃうわ」
と言うなり、めぐは紙パックに入った流動食をチュルチュルと飲み始めた。
体調がよほど悪くならない限り、めぐは流動食で必要最低限のカロリーと、必須栄養素を摂っている。
「今日はバニラ味かぁ……どう、水銀燈も飲む？」
「いらないわ……余計なお世話というものよ」
一見、けだるげな二人の会話。
ところで、実際、点滴だけで栄養を補給するのにも限度がある。
せいぜい数ヶ月ならまだいいものの、通年で使用すると、血管はボロボロになってしまう。また、その割には摂取できるカロリーも少ない。
また、使わない消化器官も、徐々に弱ってくる。
だから、普通の食事を拒否し始めためぐには、紙パックの流動食が与えられている。
とはいっても、外観は普通のコンビニで売っている、ヨーグルトジュースと同じようなものだ。大体、一本で２００キロカロリー。
これを、朝昼晩、午前午後のおやつの時間、そして夜、と６つ。これで、生きていけるだけの最低限のカロリーが得られる計算だ。
「……付き合ってらんなぁい」
そういうと、水銀燈は黒い艶やかな羽根を羽ばたかせると、病室の窓から、澄んだ光を投げかけながらも凍えた、冬の青空に舞い上がって行った。
めぐは、水銀燈が消えていった青空をぼーっとしばらく眺めていたが、そのうちいつしか、いつもの歌をぼそぼそと歌い始めた。
「♪からたちの花は……」
その夜。
めぐがうつろな目、ベッドにて上半身を起こして、付けっぱなしのテレビを眺めていると。
「こんばんわぁ」と、水銀燈が珍しく挨拶とともに、窓から入ってきた。
いつもなら、窓際に腰掛けたりするのだが、その夜はなぜかせわしなく、病室内をゆっくり低空飛行している。そのうち、
「あ、あら？」
わざとらしい声を上げながら、ポトリ、と何かの箱をめぐのひざの上に落とした。 それは、病院のクリスマスパーティの会場で配られていたボックスケーキの箱。
「何？ 水銀燈、これ？」
「た、たまたま落ちていたから拾ってきたのよ。た、たまには食べたら？ ゴミでも、何もないよりはマシなんじゃない？」
どことなく、しどろもどろな水銀燈。
すると、めぐは急に目を輝かせ始めた。
「水銀燈。わたしとクリスマスを祝ってくれるの？」
「ち、ちょっと、勘違いしないでよ。わたしだって、たまにはケーキくらい食べたいわよ。ゲロケーキでも、無いよりはマシ、ってとこかしらぁ」
そういうと、水銀燈はちゃっかり、自分の分のケーキも取り出した。
それから、消灯時間を待って、月夜の冷たい明かりを頼りに、二人だけの一日遅れのささやかなクリスマスパーティ。
「シャンペンはないから、代わりに冷えた流動食よ」
「まったく、史上最悪のしみったれたクリスマスね。ウンザリするわ、もう」
それでも、二人の心はちょっぴりだけ、どんな御馳走やプレゼントが並べられたクリスマスパーティを迎えるよりも、心が満たされていた。
「メリークリスマス。水銀燈」
「メリー……クリスマス……って、やってらんないわぁ。あ、後でヤクルトもらうわよ」
一方、こちらはとある中級賃貸マンションの一室。
小さな机に向かって、静かに赤ペンを手に、スラスラと机の上に積まれた用紙に筆を走らせるドールがいた。
金糸雀だった。
本人曰く、「薔薇乙女随一の頭脳派」を名乗っていたが、それは本当だった。
やることなすこと、ドジでお馬鹿さんだが、いざ学問一般になると大天才なのであった。
「ただいまー。ごめんね、カナ。年末進行でもう忙しくて忙しくて」
そこに帰ってきたのは、金糸雀のミーディアムである通称「みっちゃん」。
「一晩遅れちゃったけど、今夜はクリスマスパーティよ」
「やったぁ！ かしら」
喜ぶ金糸雀。
そんな金糸雀を見ながら、みっちゃんは金糸雀が向かっていた机の上を見た。
そこには、回答された受験対策ドリルが、いままさに金糸雀に添削されようと山になっていた。
「ごめんね金糸雀。私がもう少し、浪費癖を無くせれば、金糸雀にこんなアルバイト、させることもないのにね」
しょんぼりとみっちゃんが言うと、金糸雀は、
「それは言わない約束かしら」と答えた。
実際、金糸雀もこのバイトはお気に入りだった。
（この国の子供達は、偏狭な知識だけを詰め込まされて、それをどれだけこぼさないか、だけで優劣を付けている。それは気に入らないかしら。でも、こうして子供達のために、いろいろと勉強のアドバイスをするのもなかなか、楽しいわ）
と思っていた。
金糸雀はみっちゃんの本名、草笛みつの名前で、素性を隠して添削先生のバイトをしていて、先生のランク付けとしてはＳ、最高位の地位を確保している。
とにかく、学問全てに長けているから、何でも判りやすく、懇切丁寧に勉強のツボを伝授してあげているのが人気の秘訣だった。
やがて、テーブルに御馳走が並べられた。
でも、すべてコンビニで買ってきた、出来合いのものばかりだった。
「ごめんねカナ。忙しくて、こんなもので」
「いいからいいからみっちゃん。カナはみっちゃんと一緒にクリスマスを迎えることができて幸せかしら」
金糸雀はニッコリと笑った。
「ほ……本当にいい子。スリスリしちゃうからー！！」
抱きつき、金糸雀に頬を強烈な勢いで擦り寄せるみっちゃん。
「きゃー、みっちゃん、ホッペが、ホッペが……まさちゅーせっつ！」
そして二人は、幸せに一日遅れのクリスマスイヴを過ごしましたとさ。
……というのが、蒼星石の見た夢の内容だったらしい。
「けっきょく、姉さんの姿は、酔いつぶれて眠りこけたところしか見られなかったよ」
残念そうにつぶやく蒼星石。
「まぁまぁ。大丈夫ですよ。また「夢」はみることができますよ。ただ、それは頭の中だけの夢なのか、それとも、元の世界のｎのフィールドへの訪問なのか、それは謎ですよ」
いつの間にか、白崎さんがそばに来て、そう言った。
うん。クリスマスも、いろいろね。
この夢の話、まだいろいろと、わたしたちの今後にからんでくるかも。
わたしは、そう思った。
おわり
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