昨晩は面白いインチキ通販がなかったので、早めに寝た。
夜、何だか変な夢を見ている気がする。といっても、記憶がねーし、特に気分も悪くない。だからこんなに早く目が覚めて。
そういや、きょうは大晦日だったんだよな……つまり、パパとママ、うーん、おやじとおふくろが家にいる。
ＡＭ７：００
うーさぶ。なんて寒いんだ。
かといってこのままフトンに寝繰り込んでいるのもシャクだし、起きるぞ。着替える。
顔でも洗って……そしていちおう、挨拶しなくちゃな。おやじとおふくろはもう起きて居間にいた。
挨拶。明るい返事が返ってくる。
「おはようこざいます」
「ジュンくん、おはよう」
「おはよう」
姉ちゃんは……まだ寝てんのかな。
親父とおふくろが帰ってきている間だけは、姉ちゃんはなんかだらしなくなる。そりゃ、おれの世話を一人で見ていてくれたんだもんな……と思ってると。上から足音がして、姉ちゃん登場。
「おはようございまぁす」
ＡＭ７：３０
みんなで朝食。
なんか、すげー違和感。
参っていた頃は一人で、マシになってからはお姉ちゃんと二人で食べていた朝食に、ここ数日はおやじとおふくろが一緒に加わっている。
本当なら、これが普通のはず、なんだよな。
でもおやじは仕事で外国に行ってる途中だし、一緒におふくろもついて行ってる。だから姉ちゃんと二人きりだった。
たまにこうして二人が帰ってくると、みんなで食事を取るようになるんだけど、参ってた頃は……まぁ、忘れよう。またああなるんじゃないか、って気持ちがどっかにある。
それでもこの状況に慣れてきているぼく。
そういやぁ、一時期は雛苺と真紅がおやじとおふくろのかわりに一緒に朝食を取っていたりもしたっけ。あいつら、あっちの世界でどうしているのか……。
なんとなく、おやじとおふくろがおれに気を使っているのが判る。
そりゃ、外国から帰ってきて、普通に学校に通えるようになった自分を見て、おふくろ、泣いてたもんなぁ……。
ＡＭ９：００
部屋に戻ってぼーっとインターネットをしていたら、コンコンとドアをノックする音。
やばっ。
あわててジャンパーと手袋をクローゼットから出す。
姉ちゃんがドアを開けざま、「ジュンくーん、そろそろ大掃除しようよ。きょうは大晦日だし、汚れた部屋で新年を迎えるのは嫌でしょう」
ニコニコ笑いつつ、手にはしっかりと掃除道具を持っている。
笑顔の奥には、有無を言わせない、掃除しなさい。という姉ちゃんの気迫がにじみ出ている。命令みたいなもんだ。
おれが調子を取り戻してから、お姉ちゃんは少し強引なところが出てきていやがるから……。
「あ、いや、その、ぼくはえと、そう、巴と勉強会をやるって約束したから」
とっさのいいわけ。
「あら？ そうなのぉ。でも、大晦日くらい休んだら……」
「いやー、大晦日だけに今年の仕上げをしとかないと。それじゃ、ちょっと行ってきまーす」
必死で逃げ出す。
なんか、掃除するって嫌なんだよなぁ……
（でも、ジュンは神経質なのでその気になればちゃんと掃除するところがあるのだった）
ＡＭ１０：００
外に出てみたものの、行くとこが思いつかない。
行きつけの手芸ショップはもう年末休業でやっていないし、図書館というのもちょっとなぁ……考えてみれば、おれってとことんインドアだよなー。
うう、マフラーを忘れてきてしまったので首筋が寒い。
街は人でたくさんだなぁ……うん。来年はもう少し、行動範囲を広げた方がいいのかなぁ、と自分らしくねーことを考えていると。
「桜田くーん」
この妙に甘ったるいようなわざとらしいような声は。
桑田だ。
思わず後ろを振り向くと、居た。
その格好と来たら、白のブラウスに黒のチョッキを着て、わざとその割と大きな胸を強調するかのようにチョッキの胸が空いていて、ブラウスの合わせにはフリルが付いてて、これもまた胸を誇張するかのように横にトリムが入ってた。
首元にはオレンジ色のリボンが結んであって、袖の肩はちょっとふくらみが付いていて、袖はキュッ、と締めてある。
スカートは鮮やかな赤茶色でフリーツが付いてて、しかも短い。
スラリと伸びた足は最近流行りのデニールが高めの黒タイツ……足元は茶色のローファー、髪には大きめの花の髪飾り。
うわー……すごい格好。好みじゃない。なんていうか、わざとらしいんだよなぁ。
ん？ なんか周囲の目が気になるぞ？
「こんなところで会うなんて奇遇だねっ。きっと、桜田君とわたし、見えない糸かなんかで結ばれているのかも。ヤダぁっ」と桑田。
そうだ。この周囲の目は好奇心の目だ。桑田の奴、客観的にはアイドルみたいにすげー可愛いんだけど、なんでこんなにわざとらしいんだろう？
前はこんなのじゃなかったのになー……そりゃ、憧れていたこともあったけどさ。
「そうだ。ちょうどよかったぁ。由奈、買い物に行くとこだったんだ。付き合ってよ」
ええっ？ みんなこっち見てるし。それになんとなく最近の桑田って……苦手なんだよな。
なんとかうまく逃げる算段を考えているうちに、ぐい、と腕を組まれて。
「いこっ」
「え！？ ちょっと待てよ。ぼくだって忙しいだ」
だけど、そんなことは聞こえない素振りで桑田はおれをなかば引きずるようにして、けっきょく強引に買い物に付き合わされた。
ＡＭ１１：５０
「桜田君、ありがとう。由奈の買い物に付き合わせちゃって。ごめんね」
「いや、いいよ。でもなんか、疲れたよ……」
桑田の買い物というのはアクセサリーショップから始まって、最後にはランジェリーショップにまで付き合わされた。
「桜田君は服のセンス抜群だから、可愛いインナーを選んで欲しいの」というのが理由だった。そりゃ、趣味、いやいや、下着が趣味だ、ってんじゃなくて、服飾全般が趣味だから、インナーだって選ぶことができるけどさ……それでもショップでの恥ずかしいことといったら。
まぁそれでも、桑田は清純さの中に小悪魔的なところがあるから、基本は淡色系の地味で清潔感ある比較的たっぷりした生地に、ちょっと派手なようでいて簡単には気づかないようなアクセントデザインが施してあるようなものを選んでやったけど。
でも。何でこんな時まで正直に趣味性というか、こだわりが出てしまうんだ？
おまけに由奈とぼくを見つめるみんなの……女性達の視線が、なんつーか、微笑ましいモノを見るような目つきで……店員さんもおれがチョイスしたインナーと桑田を見比べて、感心したように意味ありげにニコリ、と笑って……どっ、と疲れてしまった。
とっとと逃げ出せば良かったのに。くそ。
後悔しつつ、逃げ出すチャンスをうかがっていると。
「そろそろお昼だね。そうだ。由奈の家に寄ってかない？ パパやママに紹介したいし……」
やばい。
「あ、悪い。わるい。桑田。ちょうどぼくも家でみんなが昼ご飯を食べよう、って話になってて、それでほら、両親がたまたま海外から帰ってきているから。ご、ごめん、じゃ、これでっ」
そう早口にいうと、おれはスタコラ逃げた。スタコラ……？
桑田は追いかけてこなかった。良かった。
ＰＭ０：１５
はあはあと息せき切って家に戻ると、昼食が用意してあった。
特上のお寿司。
おれが帰ってくるのを待っていてくれたらしい。
なんかたくさん仕事をしたような気がして、お腹が空いて、美味かった。
「ごちそうさま」
一息ついて、おふくろの入れてくれたお茶をすする。同じお茶なのに、なぜか姉ちゃんのとは違う味。懐かしい味だった。ほっ、としていると。
「ジュンくーん。それじゃ昼から大掃除よねー」
いつの間にかお姉ちゃんが後ろに回って、背後からぎゅううっ、と肩を締め付けてくる。しまった。油断してしまった。もう逃げられない……。
ＰＭ４：００
つ、疲れた。
けっきょく、お姉ちゃんの監督のもと、自分の部屋の大掃除と物置の大掃除。こういう時、お姉ちゃんって怖いんだよな。少しでもサボろうとすると、キラリと目が光る。
翠星石が姉ちゃんのことをボスザルですぅ、と言ってたっけな。実際、本当だ。
真紅や雛苺、翠星石たちが残していったいろいろな品物は、そのままにして、と。
そういやあの大鏡、今にも中から真紅達が飛び出してくるんじゃないかと思って気がかりだった。
真紅達、向こうの世界でどうしているのだろうか？
おれの作った晴れ着、今年も着てくれるのだろうか？
ＰＭ５：００
巴がお煮染めを差しいれにやってきた。
実はうちの両親と巴の両親とは縁があって、それで家族ぐるみの付き合いをしている。だから巴と幼なじみなわけだけど、こうして巴ん家で作ったお総菜をおすそ分けしてくれるのなんて、小さい時以来だ。
おやじやおふくろも巴を歓待している。なんとなく、その輪にお姉ちゃんが加わって、ぼくも加わる……すると、なんだか巴が家族の一員であるような錯覚を覚えた。
「巴ちゃん、できたら晩ご飯食べてったら？」
そういうおふくろの言葉を辞退して、巴はその代わりに、おやじとおふくろが買ってきた、たくさんの海外の珍しい食材を土産にして、帰ることとなった。
見送りがてら、門の前で巴と少し話し込む。今でも雛苺のことを気にしている様子だった。気がつけば日もとっぷり暮れてきた寒い中に門の前で二人きり。
悪いと思って、
「それじゃいい年を」
「桜田君も、良い年を」
そう言い合って別れた。
ＰＭ７：００
夕食はすき焼き。
これもおふくろの味。やっぱり、お姉ちゃんとは違う。
そう考えると、何だか不思議な気持ちになった。
それから風呂にはいる。
ＰＭ１１：３０
夕食のあと、みんな揃って居間でテレビを見たり、自室でだらだらインターネットをしたり、また居間でぼーっとして過ごして、それから年越し蕎麦を食べる。
年越し蕎麦は姉ちゃんが作った。姉ちゃんの味。おいしい。おふくろ、「これならのりちゃん、立派なお嫁さんになれるわね」と嬉しそうに褒めた。
誰が洗濯のりなんかお嫁さんにするんだよ……と一瞬思った。だけど、いつかは姉ちゃんも。そう考えると、複雑な気持ちになった。
ＡＭ０：００
時間の上では新年だ。
みんなそれぞれお休みなさい、を言って、それぞれの自室に入る。おれもだ。
さて、と。それじゃ今夜は夜更かししようか、と思ってパソコンに向かいながら、スケッチブックにいろいろな服のスケッチ案を書いているうちにうとうと。
……気がつくと、得体の知らない樹海にいる自分。痛い。何やってるんだおれ？
草の棘。
おいおい、いら草でロープを編んでいるのかよ、ってなんでおれ。
おれがおれで？ ちよっと混乱。
おれのなかにいるおれ。
夢なのか？
でも夢には痛みはない、っーの。
それじゃこれは現実？
まさか。いきなりこんなことって……。
とにかく、おれは棘の生えたいら草を集めてはロープを編んでいる、これは間違いない。じゃ、なんで？ おれの目でおれの見ているものを見る。
え？ 崖があって、底の方に真紅の体！？
一瞬で理解した。
おれはこのいら草でロープを編んで、それであの真紅の体を取りに下へ降りようとしているに違いない、と。
そんな馬鹿な。
なぜ真紅の体があんなところに？
アイツは別の世界で、人間の体になって暮らしているって蒼星石が教えてくれたじゃないか……。
そこで目が覚めた。
夢？
あわてて手を見た。
かすかな痛みの記憶と、手に棘が刺さったような赤い痕。
それはすぐに消えて無くなった。
でも、それがリアルな感覚だったのは間違いない。
釈然としないまま、ぼうっ、と深夜の２時頃まで放心状態。
どこかの世界で、戦っている別のおれがいる……やがてその結論に落ち着いた。
それじゃおれは？
とりあえず、眠ろう。夜更かしなんかして呆けている場合なんかじゃないよな。
夜更かしは毒だ。
そう思って、眠りについた。
おわり
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