「チルドレン。おはよっ。起きなさいよ」
僕はアスカのいつもの朝の挨拶で目が覚めた。
……もう朝か。
僕は気持ちのいい寝床の中から出たくなかった。できれば、このままもうしばらくまどろんでいたかったが。
このままだと、またアスカに嫌味をいわれてしまう……こう考えてみる。すると、なんだかシャクで、ぱっ、と目が覚めるんだ。
今日も僕の部屋には、新鮮な朝日が射し込んでいる。
僕のパートナーであるアスカは、朝飯当番だったので早起きだった。
「さあ、ごはんできたわよ。今日は発表のある日だから、早くしなくっちゃね」
僕はアスカにおはよう、を言うと顔を洗い、身支度を整えた。
パートナーってのは言葉の通り、いろいろと行動を共にする相棒ってとこだ。
別にこれは、僕たちの様に女性と男性って決まりはなくて、女性同士とか男性同士とか、いろいろある。
アスカは、僕の事をなぜか「チルドレン」と呼ぶ。
「いただきまーす。……ねえ、チルドレン。昨日はなんか早く寝ちゃったみたいだけど、今日の報告会の資料、ちゃんとできてるんでしょうね」
報告会……要は僕たちの研究内容の定期報告会なんだけど、その資料を作成するのは今回、僕の番だった。
もちろん、今度の資料はあまり理屈で考えなくても良かったから、すぐにできてしまっていた。
「あんまり恥ずかしい写真は出しちゃダメよ。あくまでも颯爽と林業にいそしむ、わたしの写真だけにするのよ」
アスカは、味噌汁をすすりながら注文を付けた。今朝はカリッ、と焼いた鮭の切り身、大根おろしに白い炊き立てのご飯。
味噌汁もインスタントなんかじゃなくて、かつぶしの出汁がよくきいていた。
なぜかアスカは今時の女性にしては珍しく、いつも自分の番の時は朝食をちゃんと作って、しかも和食派だったりする。
それでも、味噌汁の中にタマネギやジャガイモが入っていたり、たまにベーコンとかフランクフルトの輪切りとかが入っていて、洋風仕立てになっていたりするところが、いかにもアスカらしいけど。
けど、味は悪くない。
一度だけ、どうしてそんなに朝からめんどくさいものを作ったりするんだい？ と聞いたけど、アスカはちょっと怒っただけで答えてくれなかった。
ただ、独り言は言ってた。
「……だって、ミサトとは、違うんだから」
ミサトって、あのミサトさんの事らしい。
それから僕たちは、身支度をすると研究室に向かった。
いつもはカジュアルな格好なんだけど、今日は定期報告会なので、アスカも僕もよそ行きの格好をしてる。
二人とも地味な柄のスーツだったが、アスカは下に薄い紅色のセーターを着ていた。
アスカは、赤が好きな女性だ。
研究室に向かうレールバスの停留所に向かう途中、僕たちは何人かのご近所さんとあいさつを交わした。
僕たちは、マンモス公営団地の一角で共同生活を営んでいる。もともとこの団地は、前世代、もしくは責任世代、と呼ばれる人たちが暮らすためのものなんだけど、僕たち新世代の連中もわずかだけど、交流と社会学習のために一定の期間だけ、一緒に暮らす様に決められている。
「ね、次のバスいつ？」
停留所でアスカは、バスの時刻を僕に聞いてきた。僕はＰＤＡに表示された時刻表から……もうじき来るよ、と教えてあげた。
「うん。……はーっ。ね、チルドレン。今日も寒いね」
少し猫背になりながら、軽く足踏みしつつ、小さな二つの手をこすり合わせて自分の息を吐きかけてるアスカ。なんだか、そのしぐさが妙に子供っぽい。
実際、みんなからアスカは子供っぽいところがある、ってよくいわれるし、正直、僕もアスカが成人した２４歳の女性には思えなくなる時がよくある。
でも、アスカは１４歳で旧制時代の大学を卒業しているくらいだから、頭脳的な能力は既に１０年前から完成していた事になる。
研究室では俊才として名が通っているし、そういやどっかの科学雑誌の「今年の研究者１００人」なんて企画にも、かなり上位で名前が出た事がある……なんて、ぼんやり思っていると。
いきなりアスカに鼻を摘まれてしまった。
「真っ赤だよ……チルドレンの鼻。ほらぁ、鼻水出てんじゃん。かみなよ」ともアスカはティッシュを差し出した。僕はありがたくそれで鼻をかませてもらった。
ちょうどそこにバスがやってきた。
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