とりあえず、アスカと旧友？のいさかいも無事？に収ったようだった。
それから、なんとなくその場の流れで、晩ご飯をおごって頂く事となった。
このスイートのダイニングにて、アスカと僕、ＮＥＧＥＶＡ教祖綾波レイ、そして碇シンジ青年はテーブルを共にした。
「ところで、あなたたちは何を食べたいのかしら？ 今夜はアスカとあなたに合わせるわ。お好きなものをどうぞ」
「僕は……アスカと同じで」
「じゃ、わたし洋食系で。いつも和食ばっかり食べてるから、たまにはバランス取らないとね」
「……だったら、フランス料理ね。シンジ、いいわね」
「ああ。僕はそれで構わないよ」
それから、下のレストランから運ばれてくる夕食を待つ間、何とない会話が続いた。
やがて食器が用意され、食前酒が出されて、少し互いにアルコールが回る頃、この席に相応しい話題となった。
アスカがシンジに質問した。
「ところでシンジ、あんた相変わらずメシとか作ってるの？」
「うん。いつもできるだけ僕が作ってるんだ。だって、綾波もそれを喜んでくれるし、僕も料理は得意だし……。アスカも料理を作れる様になったの？」
あれ？ アスカは昔は料理しなかったのかな？
「ふうん。アンタもあいかわらずね。……当然。料理の一つや二つ、チョロいもんよ。いつも当番の時はちゃんと作ってるわよ、ね、チルドレン？」
「うん。僕自身、びっくりするくらいいつも、ちゃんとしたものを作ってくれる。たまにはレトルトカレーとかカップ麺とか、外弁……それでも構わないって言ってるんだけど、アスカは頑としてそんなのは作らないね。どうしてだろう？」
我が意を得たり、とシンジが僕の疑問に答えてくれた。
「あ、それってミサトさんの影響だね」
レイもぽそり、とシンジの意見に付け足しした。
「反面教師……の好例ね」
「あーもう、ウルサイわね。そんな事ないの。ワタシはカップ麺にレトルトカレーかけて食べるとかは、とにかく許せないの」
ぴっくりしたように、レイが言った。
「じゃ、彼にもカップ麺は食べさせないの？」
「そうよ。見つけたら直ちに没収する様に努めているわ」
確かに。アスカとパートナーの関係を結んで以来、カップ麺とレトルトカレーは盆暮れ正月と、僕の誕生日の時にしか食べさせてもらえない。好きなのに……。
でも、ミサトさんの事が話題に上ったよな。もしかして、ミサトさんってあのミサトさんの事だろうか？
「ねえアスカ？ そのミサトさんって『ぺんぺん』のマスターと同じ名前だね」
「しーーーーっっっっ！」
アスカが、口に人差し指を当てて小さな声で言った。
「え でも、なんか話聞いてるとそんな気がするから」
「いいから黙ってなさいよっ。ミサトが生きてる事は……この二人には内緒なんだからっ。って、もう、手遅れみたいよね。あーあ」
僕の心はレイにまだ筒抜けらしく、僕の思い浮かべたミサトさんのイメージはレイ、そしてシンジにブロードキャストされてしまった様だった。
「え！？ まさかミサトさんが生きてるなんて……だけど、この感触やイメージは確かに……」
「ミサト……。わたしがいくらサーチしても存在を明らかにできなかった。だから死んだと思っていたのに。そう……生きていたのね」
どうやら僕は、大変な情報を二人に与えてしまったらしい。
とはいえ、僕の心越しにミサトさんの姿とイメージを探られるのは、あまりいい気がしなかった。
「ごめんなさい。またあなたの心を読んでしまって。もう大丈夫よ。慣れたからあなたの心を覗いてしまうところに鍵をかけたわ」
ようやくレイは、僕の心を見るのを止めてくれたらしい。やれやれ。
少し安心して、改めて僕はレイとシンジの様を見つめた。
おや？ 気のせいか、二人とも涙ぐんでいる様だった。
「あ、ダメ。だめよっ、ここで感動のウルウル大会やっちゃダメよっ」
時と場合によるけど、どうもアスカはこう言うのは苦手、の様だ。
「そうよ。……ミサトは生きていたわ。そして、ちゃんと自活して生活してるわ。だけど、アンタたち、だからと言って不用意に会いに行っちゃダメよっ」
それには理由があった。
「アンタたちはもう、ＮＥＧＥＶＡの重鎮なんだし、それにミサトは、もの凄く傷付いてるわ。アンタたちを死なせてしまったと思い込んで」
話に出てきた「ぺんぺん」ってのは、最近見つけた喫茶店で、そこのマスターがミサトさんって言うんだ。
年の頃は僕たちよりもかなり年上らしいんだけど、それを感じさせない気っぷのよさと包容力を持っている不思議な人で、おまけに美人なので、ファンも多いんだ。
初めてアスカと僕で「ぺんぺん」に入った時は……そりゃもう、ミサトさんは大変驚いたものだった。
そして、アスカも素振りこそ見せない様に努めていたけど、間違いなく動揺していたのを覚えている。
どうも、過去にミサトさんとアスカの間で何かあったらしい。
昔の知り合いなのかな、と思った。
だけど二人は、すぐに初対面の様な素振りになってしまった。
それから何度も「ぺんぺん」にアスカと足を運んだけれど、アスカはなぜだか妙にミサトさんの生活態度に詳しいし、それに少なからず対抗意識も持っている様だった。
「……ふん。みーんな、ミサトの本当の私生活を知らないのよね。わたし、知ってるンだからあ。……もうガサツそのものね。何たってカップ麺にレトルトカレー混ぜて食べる様なオンナなんですからねぇ……ふっふっふ。チルドレンだってそんなオンナはまだ見た事ないでしょ？ いいこと……ダマされちゃダメよっ。あ、ところでチルドレン、これはあなたとわたしだけのひ・み・つ、よっ」
アスカとミサトさんは、表面上では反りが悪いように振る舞っているけど、本当は心の深いところで互いに同じものを持っていて、結びついている様に見える。
二人の間に何があったのか、そしてミサトさんが過去に何をしていたのか……アスカがもし本当にディストラクションチルドレンだとしたら……ミサトさんは一体誰で、何をしていた人なんだろうか……？
疑問には思ってみても、僕はそれ以上の事は下手に詮索せず、心にしまって置く事にした。
そうこうしているうちに、前菜とスープが運ばれてきた。
だけどレイはスープだけだった。
不思議に思っていると、魚料理に肉料理もレイだけには運ばれて来なくて、代わりにいろいろなスープだけが運ばれていた。
僕がそれを疑問に思っていた事が伝わったのか、シンジが説明してくれた。
「レイは、固形物がダメなんだ。だからこうして、スープで栄養をとっているんだよ。前はいろいろ食べられたんだけど、あれ以来、お腹が弱くなってしまったらしくて」
そう言うシンジも、食があまり進んでいない様だった。
彼の体も、なんとなく……か細げで弱々しく見える。
一方、アスカといえば……二人に比べると実に闊達に食事を楽しんでいた。
「さすがは一流ホテルね……この子牛のステーキ、美味しいわね。今じゃ子牛なんてめったに食べられなくなったしね。あ、そうそう……そうでなくとも前からレイ、肉はニガテだったわよね。いつだったか、ミサトにラーメンおごってもらった時もニンニクラーメンチャーシュー抜きだったし」
作法は守りつつも、健康そのもの……って感じで、食を進めるアスカ。
まるで陽炎が朝の露を吸うかの様に、静かに細く、スープを口にするレイ。
好対照だった。
「アスカって昔の事、よく覚えてるわね。でも、タンパク質はちゃんと取っているわ。豆乳とかいろいろで」
こうしてみるとレイとシンジは、まさにＳＦ小説とかに良く出てくる様な……超能力少女に超能力少年のイメージそのものだった。
実際には、二人とも既に二十代なのだが。
こうして長く向き合っていると、次第に彼らがまだ１０代の少年少女ではないのか、なんて気にすらなってくる。
とにかく、こうして食事を共にする内に、僕の中の……レイとシンジに対する、ＮＥＧＥＶＡの教祖って事から生じる、一種の警戒感と言ったらいいのか……「引け」の部分が若干、和らいできたのを感じた。
でも、僕の心の中には、別のある考えが頭をもたげて来たんだ。
僕は……アスカは普通の女の子だとばかり思っていた。でも、正体はディストラクションチルドレンだったなんて。
普通の人々の意識の中には、ディストラクションチルドレンは「死」の使い……忌むべきイメージとして捉えられている……僕自身も、もちろんそうだ。
このアスカがそんな大それた事をしてしまっていたなんて。
僕はもちろん、アスカにしかるべき理由があったと信じている。
だけど……。
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