食事を終えて、僕たちはリビングに移った。
部屋の照明は相変わらず薄暗く落としたままだが、そこには良いクッションのソファーがあり、僕とアスカはそこに落ち着いた。
レイは車椅子のまま、僕たちと向き合う位置に落ち着いて、シンジはその傍らの椅子に腰掛けた。
僕はあろう事か、僕自身の中に生じた迷いをレイにぶつけてみる事にした。
「綾波さん……一つ……質問が有るんだけど、いいでしょうか？」
「ええ。構わないわ。それにわたしの事は、レイで構わないわ」
「ちょっと何よチルドレン。急にかしこまって」
「もし、よろしければ……サードインパクトに前後して、何が起きたのか、教えてもらえて頂けないでしょうか？ もちろん、秘密は守ります。その理由はただ……アスカのパートナーとして、アスカの身の回りに起きた事を正確に知っておきたいだけなんです」
僕は慣れない謙譲語を慎重に使って、本心から頼み込んだ。
アスカが、レイの方を見た。そして、シンジの方も。
レイは、黙ってこくり、と肯くと、話し始めた。
「わかったわ。……アスカはＥＶＡのパイロットでした。そして、わたしとシンジもまた、アスカ同様、ＥＶＡのパイロットをしていました。初めはいろいあったけど、うまくいってたわ……でもアスカは、戦いの途中で使徒に精神汚染を受けて、ＥＶＡへの搭乗が不可能になってしまったの。それが元で、アスカはひどく落ち込んで……一時はやつれて、生命の危険もあった……ここから話を始める事にするわ」
西暦２０００年にセカンドインパクトと呼ばれる、南極での大爆発があった。
その結果、全世界規模の天候の急変と急激な水位上昇によって、当時約７０億存在した人類の大半が死滅し、また人類の生活圏もかなり狭められてしまった。
セカンドインパクトの後、ＮＥＲＶと呼ばれる、セカンドインパクトの様な人類規模のクライシスを未然に防ぐための組織が作られ、ＥＶＡと言う名の有機ロボットが配備された。
そしてそのロボットが、日本の新東京市に侵攻してきた「使徒」と呼ばれる怪物と戦い、その手から地球を守ってきた……という事があったのは、僕でも知っている。
「ＮＥＲＶの事はあなたも知っているわよね。敵は使徒と呼ばれる怪獣、ってことになっていたけど……ところが、最後の方になってきて、実は本当の敵はＮＥＲＶの上位組織であるゼーレであったことが判ったの。やがてその事がはっきりすると、彼らはＮＥＲＶに軍隊を派遣し、ＮＥＲＶの制圧を計ったわ。理由は、ＮＥＲＶの司令官である碇ゲンドウがゼーレの意志に逆らい始めたから」
碇ゲンドウなる人物の名も記憶にあった。
ＮＥＲＶの指導者であったのだが、サードインパクト以来、行方不明になっていると聞いている……碇って事は。
「それじゃ、もしかして碇シンジさんに取って、ゲンドウ氏は父親なのですか」
「うん。僕は碇指令の息子だった。そのために、ＥＶＡに搭乗するはめになってしまったんだんだけどね」
レイは、話を続けた。
「アスカはその時、病室で治療を受けていた。だけど、ゼーレの攻撃から身を守るために、搭乗していた安全なＥＶＡ弐号機の中に入れられて、湖に隠されていたの。だけど軍隊に見つかって攻撃を受けたわ。でも、アスカはその中でアスカの母さんの意識とコンタクトして、復活したの」
「そうよ。わたしはもう少しでコロされちゃうところだった。だけど、ママの意識がいつも側にいてくれたんだ、って判って……再びＥＶＡを操縦して……」
そこでアスカは言葉をとぎらしてしまった。
「……コロしたわ。軍隊のヘリを落として、戦艦を沈めて……たくさんたくさん……コロしたのよ」
僕は、顔を伏せて両拳を握り、耐えきれない様子で絞り出す声で話すアスカを見て……心が痛んだ。
シンジが、そんなアスカに語りかけた。
「でも、アスカ。そのかわり、僕たちは助かったんだよ。アスカが僕たちを殺そうとした軍隊をやっつけてくれなかったら……今こうして僕たちがここにいられたかどうかわからないし。気にしない方が……」
アスカの返事はなかった。
レイはそんなアスカに構わず、話を続けた。
「とにかく、アスカはゼーレの放った軍隊をくい止めたわ。業を煮やしたゼーレは、新たなＥＶＡをアスカの前に投入したわ。そしてアスカは為すすべもなく、ＥＶＡと共に運命を共にしたの。それはもう、惨たらしい最後……だったわ」
「えっ！？ それじゃあアスカは死んでしまった事になるのでは……でも、アスカは現にここにこうして、いるのに……変ですよ、それじゃ」
「その事については……アスカから聞いた方がいいと思うわ」
僕はアスカの方を見た。
でも、アスカはうつむいたまま、黙りこくっていた。
「……続けるわ。アスカは新しいＥＶＡの侵攻を食い止められなかった。そして、シンジが代わりに彼らを滅ぼしたわ。侵攻して来たＥＶＡのパイロットの中には、シンジの友人も混ざっていた」
シンジは、無表情だった。
レイもまた、同様だった。
「ゼーレは、今度は人間の精神の崩壊をもって、人類殲滅を計ったわ。彼らに取って、とにかく人類は不完全で排除すべき存在だったの。ＥＶＡの持つもう一つの隠された力……精神感応による、全人類の意識へ干渉する力を使って」
僕が以前、インターネットをさまよい歩いている内に知ったアングラ情報によると、ゼーレと言うのは、かつての国連の秘密部会の一つで「人類補完委員会」なる怪しげな秘密結社と関わりのあった組織の事だった。
しかし、この話はよくあるＵＦＯとか宇宙人の話と同列に扱われていて、まずそれを信じる人はいなかったんだが……どうやら、実在していたらしい事になる。
レイは続けた。
「もともと、人類はその起源の時点では幾つもの類似種を持っていて、中には群体を組む種も存在するくらいだったから、わたしたち人類もまた、互いの意識を繋ぎ合わせて一つにできる能力も……潜在的に持っているの。それを利用しようとしたのね。ゼーレは」
「え……そんな事が？」
これもまた、理解に苦しむ事柄だった。
「信じられないでしょうね。でも……話は続けるわ」
そのまま、黙って聞く事にした。
「それは表には現れていないけど、ヒトの遺伝情報に隠された機能として、密かに継承されてきた能力なの。わたしのこの不思議な力の説明も、それで付くわ」
僕はちょっとだけ、しっくりこないものを感じていたが、レイの瞳に見つめられて、こくりと納得した。
「ここでいきなりで申し訳ないけど、話を碇ゲンドウ指令に戻すわ。彼もまた、このヒトの能力を使おうとしていたわ。もちろん、目的は人類の殲滅ではなく、人類全体の意識の共有と融和……誰でも互いの心を知る事のできる、ウソや偽りが本質的にない世界……そんなものを作り上げようとしていたの」
碇ゲンドウは、どっちかと言うと悪人……それも山師としてのイメージを歴史に残していた。
だから、実はそんな目的を持っていた、と聞くと意外に感じた。
「ゲンドウはそれを、ＭＡＧＩに直結したＥＶＡ素体、言わばＥＶＡの原型……の一つを使って行った。そしてそのＥＶＡに搭乗したのはわたし。……わたしは、ＥＶＡとシンクロ……つまりＥＶＡと意識を一体化する事によって、同時に全世界の人々の心とシンクロし、全世界の人々に文字通り『福音』を伝える……手筈になっていたわ」
そこに突然、いつの間にか復活したアスカが割って入った。
「……だけど、アンタのそのシンクロに妨害が入ったのよね。原因はＭＡＧＩの反乱。大体、ＭＡＧＩってとってもスケベなコンピューターで、原型はキールたちなんだけど……それにナオコ博士とリツコ博士の『女の恨み』がプログラミングされていたとは、さすがの指令も気付かなかった様ね」
ＭＡＧＩ？ なんだそりゃ。と、僕は思った。
でも、すぐに思い出した。それは伝説の有機コンピューター。
「アスカ。ＭＡＧＩって実在してたのかい？ それに、そのナオコ博士にリツコ博士って誰なの？」
「そうよ。ＭＡＧＩって伝説上のペーパーマシンって事になってるけど、本当は実在したのよ。びっくりでしょ。ナオコにリツコは、親子で生体有機コンピューターの権威。最も、脳髄模倣型の……だけどね。まぁ、ゲンドウの愛人だった、ってとこかしら。彼女たちは自分の意識パターンをわさわざコンピューターに内包させるなんて、世界新人権機構が聞いたら卒倒する様なシカケをＭＡＧＩに埋め込んだの。そして、そのＭＡＧＩがＥＶＡとパイロットの交信管理とか……ＮＥＲＶのスマートサービスの全てを受け持ってた、ってワケなの」
確かに現在主流の有機コンピューター以前に、ヒトの脳髄の機能を模したタイプの生体有機コンピューターが、実験用途には存在していたとは知っていた。
でも、ＭＡＧＩが実在していて、しかも実用機だったとは。
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