「そう。わたしが世界の人々の意識に語りかけようとした時、ナオコとリツコのそれぞれが融合した意識体がわたしの前に現れ、立ち塞がった……彼女は、実体は持たなかったけど、ゲンドウに愛されたがっていた。わたしは……一時シンクロを中断してゲンドウにその事を告げたわ。すると、ゲンドウは自らＬＣＬの中に入り、そして……消えてしまったの」
「き……消えた！？ その、ＬＣＬって何ですか？」
「ＥＶＡへの搭乗時に、コクピットを満たす特殊な液体の事よ。パイロット保護のためらしいけど、どうもそれだけのモンじゃなかったみたいね」
アスカが答えてくれた。
「じゃ、その液体に溶けて……しまったとか？ そんな馬鹿な」
僕はあまりにも突飛なその話の内容に、驚きを隠せなかった。
「いや、実は僕も経験があるんだ。ＬＣＬには不思議な力があって……僕自身も、正確な表現じゃないだろうけど、『溶けて』しまった事があるから」
「えっ。碇さんも……経験有るんですか」
「うん」
間抜けな会話であるのは判っていた。
だけど、あまりにも信じがたい事だったし、それに相手は承前している通り、ＮＥＧＥＶＡの幹部。
あからさまに否定して、感情を逆撫でするわけには行かなかったんだ。
「まあ、そんな話は置いておいて……チルドレンが混乱するでしょ？」
アスカが、話の続きを促してくれた。
レイは続けた。
「ちょうど、それと前後して、ゼーレはＭＡＧＩに対して外部からハッキング……制圧を試みていたわ。だけど、リツコ博士がＭＡＧＩに６６６プロテクトと言う防御壁を設けたから、それは防がれていたの。今から思えば、わたしはそのプロテクトの意味についてよく考えるべきだった……」
そこで、レイは初めて感情を少しだけ顔面に現したようだった。
後悔と懺悔の表情……一瞬だったけど、そう見えた。
「だけど、ゲンドウ指令の指令は絶対だった。わたしは、再びＬＣＬの満たされたエントリープラグの中に入り、全人類の意識とのコンタクトを試みた……その時、突然、ゼーレの意識が割り込んできたの」
レイは、急にはっきりと嫌悪感をその美しい顔にまざまざと……浮かべ始めた。
「６６６プロテクトの正体は、愛されたがっていた女の意地とわだかまりだった。同時に、ゲンドウに対する罠でもあったの。その解除キーは、恐ろしい事にゲンドウの『愛』に設定されていたのよ。偽りであってもゲンドウの『愛』は、ＭＡＧＩの欲求、すなわちナオコとリツコの欲望を充足するに足りていた……そして、ＬＣＬに吸収されたゲンドウと一体になり、充足されたＭＡＧＩはＥＶＡと人類意識のコンタクトへのプロテクトを解除すると同時に、自分の持つ全ての資源を外部からのアクセスに対して開放した……」
そこでレイは少し、言葉を詰まらせてしまった。
かなり無理をしている様に見える。
「そして、わたしに対してはナオコとリツコの強烈な悪意が……それが、これ幸いにと侵入してきたゼーレの意識と融合して。うっ……ごめんなさい。あの時の記憶はとてもひどくて……今でも思い出すと冷静でいられなくなるの……少しだけ、時間をください」
「レイ……。大丈夫？」
心配そうにシンジがレイの様子を伺った。
そのままレイの車椅子を引くと、レイと一緒に寝室に消えた。
後には、僕とアスカだけになった。
「どう？ チルドレン。一大スペクタルだったでしょ。続きは……レイが回復するまでのお楽しみ、ってとこね」
「だけど……自分で頼んで置いてこんな事言うのもなんだけど、教祖レイはなぜ、ああまで不快な思いにとらわれながらも、僕なんかに話してくれるんだろうか……？ 確かに、僕はアスカのパートナーだから、全く縁がないわけでもないけど、かなりヤバい話も出てきたし……」
僕は、ＮＥＧＥＶＡの教祖様が初対面の僕に対して、ここまで打ち明けてくれる事に驚きを隠せなかった。真実かどうかは別として……。
「それはね、お礼のつもりもあるのよ。……今でこそ、レイも話せるようになったけど、５年くらい前は話す事もできなくて、全て念話で会話していたわ。だけど、ある装置を手に入れてからは、声に出して会話できるようになったの。ほら、ここまでいえばわかるでしょ？」
僕には、何の事やら。
「あーもう、灯台もと暗し、ってのはこう言う時に使うのかしら。チルドレン、あなたが生資権を得るきっかけになった装置の事よ」
「あー……あれね、あのシステム……。もうすっかり忘れてたよ。そうか……彼女も使ってくれてたのか」
なんか、光栄のような恥ずかしいような。
僕はどっちかと言うと、自分の作ったシステムを使ってくれている人に会うのは恥ずかしいタチなんだ。
でも、まさかＮＥＧＥＶＡの教祖様まで……もし、どっかがバグってたら、どうしよう。
「そう言うワケ。レイはとても感謝していたわ……それにシンジも。それに、これはいいにくい事なんだけど……レイって、最近はますます能力が上がってきて、道具とか本に長く触れていると、それを発明したり作ったり、書いた人の人となりまで……ある程度は判別できてしまう能力まで備わってきてるから……」
「じゃ、僕の人格も既に、教祖の知るところ、って事かい？ なんかヤダなぁ」
「そうなの。……ごめんね。実は、あの装置を奨めたのはわたしなのよ」
アスカがすまなさそうに言った。
でも、すでに僕の手を離れて世間様に出ているものだから、アスカが気にする事はないと思った。
「教祖様は何もかもお見通し、って事か」
「なにもそんなに嫌みに言わなくてもいいじゃない」
「いや、嫌みなんかじゃなくて……綾波さんって、本当に教祖様なんだね……だって、大抵の宗教は普通の人間が神懸かりで教祖に収まっているだけだろ？ だけど、ＮＥＧＥＶＡの教祖様は違う。僕も、噂ではいろいろと聞いていたけど、実際に会ってみて、驚いたよ。そして、どうしてＮＥＧＥＶＡがここまで強大なのか、ってのが判ったような気がするよ」
「やだチルドレン、感心してるの？」
「うん」
「アンタ、バ……もとい、あなたって本当にノーテンキね」
そうこうしているうちに、車椅子のレイがシンジに連れられて戻ってきた。
「……ごめんなさい。突然席を外してしまって。続けるわ」
再び、僕はレイの話を聞く事にした。
「ゼーレは、わたしを入り口として全人類の意識へと……あなたたちの用語で言うところのクラッキング、を開始したの。それが、サードインパクトの正体なのよ」
「じゃあ、サードインパクトは君たちが引き起こしたんじゃなくて」
「そう。ゼーレの仕業。だから、アスカが気に病む事はないのよ」
でも、アスカはぷい、と横を向いてしまった。
シンジは、そんなアスカを微笑ましく見つめて……この青年は、僕の知らないアスカの時間を知っているし、それに共有していたんだ……ちょっとだけ、僕はヤケてしまった。
レイの話の続きをシンジが続けた。
「僕はＥＶＡに載っていて、突然、レイの意識が消えてしまったのを感じたんだ。……僕の取るべき行動は決まっていた。誰かが、レイの意識を消そうとしている……そいつの所へと行きたい……強く念じたんだ。すると、僕はＥＶＡごと、ゼーレの意識が寄生した最後のＥＶＡ……レイの搭乗しているエントリープラグの中にダイブしたんだ。僕はアスカの意識も探った……まだ、アスカも生きていた。そしてアスカも、そこに呼んだんだ。僕たちは、レイにまとわりついているゼーレの糸を断ち切り、レイに手を貸し、逆にゼーレに対しての侵入を果たしたんだ」
まだアスカも生きていた？
既に、レイの話ではアスカは死んでしまっているはずなんだけど……。
それじゃ、アスカの亡霊……う〜ん。
僕はちらりとアスカの方を見たけど、アスカは再び無言に戻ったままだった。
|
