「シンジとアスカの助けを借りて、わたしはゼーレの正体を突き止めたわ。彼らは……いわば自然発生的に生じた、一種の有機コンピューター連合体だったの」
原子炉が天然に生じた、って話なら、僕も何かで聞いた事があった。
でも、天然と言うか……自然発生的に生じた有機コンピューターなんて。
僕は、脳髄だけが発達して、どこかの海中にぷかりと浮かんでいる頭だけの生物……そんな拙い想像をして、ゾッとした。
「ゼーレについて語るには、遠い遠い、はるか彼方の過去に戻らなければいけないわ。まだ人類が形もなかった頃。人類の様な種を生み出すべく、誰かがこの地球の生態系に干渉を加えたらしいの。そして、結果として人類が誕生したわ。でも、当初その種類はプロトタイプも含めて１２種、存在したらしいわ」
確かに昔から、人類のあけぼのが第三者の意志によって成された、と主張する人々は大勢居たけど……。
「その１２種はいずれ淘汰され、最終的にこの地上に残るのは一種だけに限定される宿命を背負わされていた。そして、１２種のうち、もっとも優れた種を選び出し、他を淘汰するための意志と命題を持った生命体……意志と思考力だけを持つ生き物、いわば天然の有機コンピューターである原始ゼーレが生まれたわ。……どうしてそんなものまで生まれてしまったのかは判らないけど」
レイは、ゼーレに対する嫌悪感をあからさまにしていた。どうも、ゼーレと言うのは、太古から存在していた生命体の一種らしい。
「やがて、当初の１２種はなぜかこの地上から姿を消した……そして、その代わりに地上に満ちあふれたのは、それから何代か後の世代の不完全なでき損ない……現在の人類、つまりわたしたちって事なの」
「ふん。わたし、そのでき損ないってところが気に食わないのよ。わたしたちのどこができ損ないってワケぇ？ そりゃ、今でも地域紛争を含めた戦争はなくならないし、飢えや貧困は解決されていない。悪徳だって……まぁ、そう言われれば確かにそうだけど、そんな事勝手に決めつけられたら、たまらないわよっ」
突然、アスカが。
少し怒った様だ……以前から自分が人類である事にプライドを持とうとしている素振りがあって、そんな時いつも、大げさだなぁ……と思ってたけど。
アスカの過去が過去なら、それも納得できた。
人類って、確かにでき損ないといわれても仕方ない……確かにでき損ないだなって僕も思う事がある。
だけど、ただのでき損ないじゃなくて……なんて言うか。
もっと別の見方がある様に思えるんだ。
「原始ゼーレは予想していなかったわたしたち人類の進化と共に、増殖し、意識を持ち、ヒトの心に干渉する術を身に付けて、わたしたち人類のあけぼのの歴史に、絶え間ない干渉を続けてきたわ……そして、その事がわたしたちの心の中、原始記憶の光……そして大きな闇の部分となっているのよ」
そこで、レイは話を中断し、軽く深呼吸をした。
「……そして。やがて彼らはこの地上で最も栄える事に成功した人類を葬り去るロジックを、その内部に発生させてしまった。本来なら、それはゼーレの寿命、いわば自らのアポビオーシス……つまり『寿死』のロジックのはずだったの。つまり、この地上での生存闘争の勝者として、わたしたち人類が確定した時点から……彼らはその役目を終え、後は自然死を待つだけだった。でも、彼らの『生』に対する執着が、そのロジックを人類殲滅のためのロジックへとすり替えてしまって……それから２０００年のスパンに及ぶ、彼らの『人類滅亡』のためのプログラムが実行を開始したの」
レイは深く、ため息をついた。
アスカが付け加えた。
「その総決算が『人類補完計画』だったのよ」
「そう。彼らの目論見では、プログラムの最終段階であったセカンドインパクト……本当はそれで全てが終了するはずだった。そしてプログラム開始から２０００年以降、この地上に存在するのはゼーレ本体と、彼にかしまづく人類のできそこない……１２の使徒のみになるはずだった。でも、それは見事に失敗したわ。そして、表向きの目的とは正反対の目的を持った、ゲヒルン……そしてＮＥＲＶが正式に発足したの」
ＮＥＲＶが人類に対してのサードインパクトを防止するための組織として結成された事は、当時のニュースで盛んに喧伝されたのを覚えている……あれはやはり、カムフラージュだったのだろうか。
「話を戻すわ……わたしは、シンジとアスカの助けもあって、ゼーレの意識に侵入する事に成功したわ。ゼーレは……正しくはそこに存在したキール・ローレンツを初めとした人格たちは、ただの生存闘争に脅えるちっぽけで矮小な生き物でしかなかった。彼らは、現実の生存競争に勝ち抜いて、この地上を闊歩する人類に対して、異常なまでの恐怖と……同時に畏怖の念を持っていたわ。思えば、それがわたしたち人類への絶え間ない詮索と介入の、最も大きな動機と理由だったのかも」
「ゼーレと言うのは、仮想の組織だったって事ですか？」
「そう。表向きは国連の機関の一つとして存在していたけど、その最高評議会と称する、キールたちの存在はあくまでもシークレットだった。それもそうよね。彼らの肉体はもともと、存在しなかったんだもの」
レイは続けた。
「わたしは、アスカの持つ知識の力を借りて、ゼーレの内部に本質的に組み込まれているプログラムとロジックを、内部のプログラムから全て自己消去させる方向に持っていったの。アスカは以前、大学で有機コンピューターの基礎理論を学んでいた。それに、ゼーレを模して作られていたＮＥＲＶの三賢人と呼ばれた有機コンピューターの内部構造の事も……リツコ博士のレクチャーで知っていたわ。……そして、それは成功したわ。奇跡的に」
「それじゃ、サードインパクトが途中で止まったのもそれが理由で……？」
「そう言う事になるかしら」
「だったら、君たちは世界を救ったんじゃないか……何もディストラクションチルドレンだなんて、汚名を着る事なんてないのに」
僕は憮然として言った。
静かに、アスカが僕に答えた。
「甘いわ、チルドレン……ゼーレは、その存在をあくまでも人類に隠し通して来たわ。わたしたちが真実を言ったところで、誰が信じるかしら？……それに、セカンド、サードと続いたインパクトに対する人類全体の怒りに対する生け贄として、誰かが悪者になる必要があった……それがディストラクションチルドレンってワケね」
「そう。どっちにしても、何でもいいから誰かのせいにしない限り、まだ人類は犯人探しを続けていたでしょう。そうなればまた、現代に魔女狩りの様な事を復活させる恐れがあったわ。とにかく、それでゼーレは死に、同時に彼らが保持していた使徒の記録は、わたしたちによって抹消された……それからいろいろとあって、今日のわたしたちが存在するの。わたしの話せることはこれだけ。納得してもらえたかしら」
ふう、と大きく溜息を付くと、レイはそのまま車椅子にもたれかかり、目を閉じた。
かなり、疲れさせてしまったらしい。
僕はレイたちがゼーレを滅ぼした後の事についても、強く興味があったけど、これ以上レイに無理を言うのは良くない事だと悟った。
「……よく、わかりました。何と言ったらいいのか……僕は、あなたたちについて少なからず誤解をしていました。お詫びします。それよりも……貴重な事実を伝えて頂いてありがとう。この事は……誰にもいわないと誓います」
僕は心の底から礼を言った。
レイの代わりに、シンジが答えた。
「……事実かどうかは、それは君の判断に任せるよ。ただ、僕とレイは知っている限りの事を伝えた。たぶん、この事は誰に言っても信じてもらえないと思う。もう既に、過去の事なんだ……悪いけど僕たちはこれで失礼するよ。また……会えたらいいね」
そう言うとシンジは、レイの車椅子をひいて、また寝室へと姿を消した。
それから僕とアスカは、そのスイートを後にして帰途に着いた。
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