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真紅、動き出す ページ3
 そう。ここは翠星石の記憶の間であった。
 引き出しは記憶の欠片たちを仕舞うところ。
 そして、この部屋はその閲覧室……といっても、その記憶を探るのは翠星石自身なのだから、机もなければ椅子もない。
 つまり、この部屋は翠星石自身なのであった。
 真紅は、懐から懐中時計を取り出した。
「そろそろね。彼女の目玉がキョロキョロし始める頃だわ」
 時を読むと、そうつぶやいた。
 ほどなくして、広間の中に……密閉されたはずの広間の中に風が巻き起こり始めた。と同時に、いくつもの引き出しがひとりでに開き、中から閃光とも輝きとも取れる光の珠が飛び出してきた。
 と同時に、広間はグニャリ、とまるでそれ自体が生き物であるかのように全体的に変形を始め、引き出しの中からまた引き出しの群れが現れ、その引き出しからまた引き出しの群れが……と膨大な数え切れないほどの引き出しが現れ、広間はいつしかその大きさを測ることができないほど、広大な空間と化した。
 光の珠は、風に乗って飛び交い始める。
「いくわよ。ホーリエ。そしてスイドリーム、案内役をお願い」
 真紅がそう言うと、ホーリエは真紅に寄り添う形になり、スイドリームは真紅の前に位置した。すると、真紅の身体はふわりと浮かび上がり、すぐにその身体は風の流れに乗った。
 先導役を務めるスイドリームに促されて、真紅は目指す「とある記憶」を探し始めた。そんな真紅をかすめていく、いくつかの光の珠。
 その一つが、今日の昼間の真紅と雛苺のやり取りを、真紅の視界に広げて見せた。

 それは翠星石から見た二人。第三者からの視点で自分と雛苺が見える。
 自分自身が何かで記録されている、奇妙な感触。次いで、翠星石の感情が押し寄せてくる。それは、少しだけ安堵を含んだ、好意的なものだった。
(よかった。真紅、雛苺と仲良くやっているですう。それに、悩み事も少し穏やかになったようで、ここのところは一安心です……)
 その次に、不安の感情が。
(でも、真紅の悩みは一体? この先、姉妹で仲良く暮らしていかなければならないのに、これでは先が思いやられるですぅ)
 ふぅ、と真紅はため息をついた。
「予想とは……わたしは我ながらどうにも……それよりも、心配をかけてしまっているようね、翠星石。でも、これは、貴女の問題なのだわ」真紅はつぶやいた。
 そう。その問題の原因を知るために、もっと深くこの風に身を委ねなくては。
 真紅はそう思い、より深い風の流れを探した。
 風はより強くなり、いくつかに分かれ始め、浅いものから深いものまで、いろいろな流れを作っていた。
 その風に乗って、翠星石の過去の記憶が……見てはいけないと思いつつも、光の珠とすれ違うたびに、真紅の脳裏にイメージとなって次々と現れる。
 どうも、珠の色や輝きの度合いによって、記憶の内容が分類できそうだった。
 だが、あえてその好奇心を押し殺して、真紅は探し続ける。
 スイドリームも、目当ての流れを探っている。
 そんなスイドリームが、突然動きを早めた。
 と同時に、真紅たちと共にある風の横を、さあっ、と音を立ててさらに大きな圧力の固まり……そう、より大きな旋風がすれ違って行った。それは多くのより強い光を放つ珠の一団でもあり、凝縮された光が閃光にすら感じられた。
「スイドリーム?」
 真紅が確かめるまでもなく、スイドリームはくるりと急いで方向を変え、その旋風を追いかけ始めた。
(これ、なの?)
 中を確かめなくては。
 スイドリームはぐん、と加速して、さながら光弾のような旋風を追い越し……前方に出た。真紅もそれに倣った。

 そして、旋風の中心に入り込んで行くに従い、翠星石の記憶と意志の再生が真紅の視界と意識の中に広がる。
 間違いなかった。これは、蒼星石と翠星石が仲違いしている理由についての記憶の奔流だった。光の珠は、個々の出来事やその記憶、加えてその時の感情や感覚そのものだった。ただ、まったく一つの光の珠がその事柄についての全てを含んでいるというわけではない。
 実際には、いくつもの光の珠が合わさって、ようやく一つの認知しうる像となって合わさる仕組みだ。そうでなければ、記憶の引き出しがいかに膨大であろうとも、すぐに空きが無くなってしまう。
 一つの光の珠は、他の光の珠と連鎖して意味を持つようになっており、またそれは相互に融通、依存し合っている。だからこそ、膨大な記憶を小さな意識の入れ物にしまい込むことができるのであった。

 光の珠の群れの中を行き来する。まばゆさに目が眩みそうになりつつも、真紅は記憶を「読ん」だ。
 結果は、驚くべき内容だった。
 翠星石が蒼星石を嫌っている原因は、単純に勘違いの重なりに合わせて、実は今回、人の体を得たことで月の満ち干に合わせた女性ならではのある生理現象。
 それのいたずらと併せて、翠星石が蒼星石と生まれてからずっと一緒に暮らしてきた中で、その内部に知らず知らずのうちに溜まった鬱憤が人間として噴出していること……。
 つまり、翠星石も人間になってしまったショックを受けていて、そこから自然に生じた単純で感情的な蒼星石への生理的嫌悪の一種というか……そんなものだった。
 たぶん、こうして翠星石の記憶を見た限りいろいろな思いこみや勘違いも含まれている。
 その一つとして、蒼星石がかつては敵であった薔薇水晶のところに身を寄せていることも、妙な誤解をしていて、それがさらに苛立ちに似た、寂しさから来る軽い嫉妬をも引き起こしていたり。
「そんなはずは」
 真紅はいぶかしがった。
 二人の不仲の原因は「あの娘」、つまり雪華綺晶とかいう第7ドールが陰で糸を引いていると、真紅は見当を付けていたからであった。
(これは、もしかして偽りの情報なのかも)
 そう。もしかしたら、もしかしたら「あの娘」がすでにこの世界にどこまでも深く入り込んでいて。わたしは、来るのが遅かったのかも知れない−そんな危惧が真紅の心を締め付けた。
 そんな真紅の前に、一人のドールが現れた。
 光の珠の中から、唐突に。
 案の定、それは雪華綺晶だった。
「あなた、やはりここにまで。この娘に、一体何をしたの」
 真紅の問いに、雪華綺晶は黙ったまま、ただ口に薄笑いを浮かべたまま、真紅の前方に一定の距離を置いて佇んでいた。

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