翌朝。
いつの間にか睡魔に負けてしまっていたのか……。
真紅ははっ、と目覚めた。
慌てて時計を見る。7時だ。
みんなが朝食を食べる時間。
昨晩のことは……夢だと信じたかった。でも、それは「逃げ」だとわかっていた。
真紅は決意した。現実と向かい合うために。
「いくわ。自分でまいた種は、自分で」
ドアを開ける手がかすかに震えていた。
なるべく平静を保つように、ダイニングへと向かう。
「おはよう」
挨拶をする。
「あら? 真紅にしては早いじゃなぁい。おはようさん」
「おはよう、真紅」
「おはようございます」
「おっはよーなの」
みんなの挨拶が帰ってくる。
翠星石は?
真紅は、急に襲ってくるどうしようもない不安に胸をわしづかみにされた。
翠星石は?
「あ、真紅。おはよーですぅ」
焼きたてのクロワッサンの入った籠を持って、キッチンから現れた。
「おはよう。翠星石。あなた、何ともない? 大丈夫?」
慌てて駆け寄って翠星石の様子を確かめる。
「え? 朝っぱらから何をいっているですか? 真紅。わたしは何ともないですよ。ははーん、また、変な悪夢を見たですね。だから夜更かしはダメだとあれほど言ったじゃないですか。それより、やっとみんなと一緒に朝ご飯を食べる気になったですか。良い心がけですぅ」
見たところ、まったく何ともない。
「え? 貴女、過去の記憶が無くなったとか、なんとか……妙なことにならなかった? ほら、昔ドールだった頃の思い出とか……」
あまりにも真剣に問いかける真紅に、翠星石はちょっとあきれ顔になった。
「なぁに寝ぼけているんですか。翠星石の記憶ですかぁ……そこまで言うのなら……えーと……うーん……別に何ともないですよ」
真面目に受け答えする翠星石。でも、真紅の不安は晴れなかった。記憶が脱落したことは、本人には自覚できないものだから。
「えーと、あっ。そうだ。蒼星石。蒼星石、あの子のこと、ちょっと意地悪しすぎたですぅ。あれ? いくつか、蒼星石について嫌な思い出があったのに、あれ? あれれ?」
それだ。真紅は確信した。
雪華綺晶は、翠星石の、蒼星石についてのネガティブな思い出を整理したのだ。
えっ!? 整理? 整理……!?
真紅は驚いた。
「えーと、思い出せなくなっているですぅ。ああ、これはアレですね。何でも時間が解決する、ってヤツですね。そうなったら、仲直りしないとぉ……」
まったくあっけらかん、と翠星石。
「ま、とにかく顔を洗ってくるですよ。真紅」
「ええ。ありがとう」
そうして、真紅は顔を洗い、朝食を皆と共にした。
最初の頃は水銀燈の見よう見まねの料理だったのが、最近は翠星石も料理作りが軌道に乗り始めて、最近はご飯の支度は翠星石がリーダーだ。
お腹が満ちると、眠くなってくる。
真紅は部屋に戻ると、ベッドが恋しくなり、横たわるとすぐに寝入ってしまった。
それから数日、真紅は何となしに、自分の不調の時に勉強した、メンタルテストめいたものを翠星石に試してみた。だけど、まったく正常、健康そのものだった。
ホーリエとスイドリームに話しかける。
「良かったわ。杞憂で。でも、雪華綺晶。あの娘、一体? わたしはてっきり、全てを破壊する存在……敵と捉えていたけど、今回のことから見て、どうもそうではなさそうね。そうなると、ますます正体がわからなくなる」
過去にあった、自分たちを閉じこめた所業、そして、珠理とかいう娘の身体を狙った所作から考えると、どうしても敵というか……自分たちの存在を脅かすものであるとしか思えなかったのに、今回は結果的に翠星石の蒼星石に対するわだかまりを取り除いてしまったことになる。
「それとも、これは罠? そう考えるのが一番妥当というものかしら。だけど、どうもそれでは納得がいかないものを感じるわ」
ホーリエもそれに同調する仕草を見せた。
スイドリームは、まだ迷っている様子だった。
「どちらにしても、これで二人はまた仲良くなれそうね。ただ、今度は蒼星石が意固地になってしまっているようだから……どうなることやら」
そこで、真紅はため息をついた。
雪華綺晶への謎は深まるばかりであった。
この回おわり
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