わたしがあの日誓った通り、今日も庭の手入れをしていた。
夏なので、やっぱりヒマワリを植えた。植えた苗はちゃんと育って、そのまあるくて黄い輪を夏の青い空に咲かせている。
今日も暑い。でも、カラッとしているので、まぁまぁだった。
洗濯物もよく乾くし。
植えた花に、水をあげる。
「う〜ん……ちょっと勢いがないかなぁ」
園芸の雑誌に載っていた、ブーゲンビレアという花を買って植えたんだけど、ちょっと元気がない。
トゲがあるところが気になるけど、赤と桃色などの花がきれいに咲いている。
でも、やっぱり元気がないように見える。
「どうしてかなぁ」
「ああ、そのブーゲンビレア、植える場所が良くないよ」
と、突然後ろから声が。
振り向くと、少年が立っていた。
正しくは、少年に見えた、といったほうがいいかも。
それはみすぼらしい格好で、髪はボサボサだった。顔も泥で汚れている。
着ている服も、シャツにズボン……それも、あまりなりのよいものではなかった。
泥色にくすんでいる。
なぜか、ヨレヨレのサングラスを掛けていた。しきりにそれを気にしている。
「あなたは？」
わたしは少し警戒しながら訪ねた。
「ぼくは……わからない。名前も。誰なのかも。ただ、不思議と植物の気持ちはよく判るんだ。ごめんよ。じゃまをして。あ、そうそう、そのブーゲンビレア、もっと日の当たるところに植え替えて、たっぷりと水を与えると良いよ……さよなら」
そういうと、少年は慌てて立ち去ろうとした。
瞬間、わたしは思った。
この子、かなり酷い目にあってきている、って。
それは、臆病な仕草と、チラリとサングラスの奥に見えた、悲しげな目の色で判った。
「まって。じゃ、手伝ってよ。いいでしょ？」
一瞬、ためらいを見せた少年。
でも、すぐに小さな声で返事をした。
「うん」
その少年の動きは、魔法を見ているようだった。
あまりの見事な無駄のない動きに、ある種のデ……えーと、確か、デシャヴ。そう。既知感……だったっけ、を覚えたほど。
それは、お父様が、最高に調子良く人形を作り上げるときの仕草や動き。
熟練した、才能に溢れた名人だけが見せる、見事な土さばき、というのかな……だった。
サクサクっと、まるでスコップがよく切れるナイフのように正確に、そして軽やかに地面を切り分けていく。
一瞬のうちに、ブーゲンビレアは一切の根っ子も残さず、土から離れた。
「すごい」
わたしの驚きの言葉に反応することなく、少年はトゲに刺されてしまうこともなく、一抱えもあるブーゲンビレアを、軽やかに、そして優しく抱えて移動させた。
そして、新しい穴をあっという間に土にあけ……キャッ。ミミズが出てきた。それも太くて立派な気味の悪い。
「ああ、ミミズが怖いのかい？ でも……これだけ立派なミミズがいるということは、土が肥えているね。ミミズは役に立つんだ。嫌ったらかわいそうだよ」
そう言いつつ、丁寧に植え替えた。
「ここなら大丈夫。一番日が当たるし、バランスとしてもここが一番だと思うよ」
そして水やり。まったく、サマになっているというか……。
わたしは、思わず拍手してしまった。
「凄い。あなた、とても庭いじりが上手なのね」
でも、わたしのその言葉に、途端に少年は暗い表情になった。
「……まぁね」
植え替えられたブーゲンビレアに、少年は囁くように言った。
「さあ、これで住みやすいところに移してあげたよ」
すると、不思議なことに、ブーゲンビレアの赤い花が一斉に生気を取り戻した、ように見えた。まさか。
「……だけど、ぼくに住みかは」
小さな声で続けた。
とても悲しそうな顔をすると、ふらっ、と立ち去ろうとした。
「あ、待ってよ」
「何？ もう用はすんだんだろう？ さよなら」
ぶっきらぼうに、少年は言い放った。わたしは、それをあわてて引き留めた。
「まだ他の花たちも残っているわ。それに……お礼もしてないし」
「そんなの、いいよ」
「でも」
そこで、少年のお腹がキュウッ、と鳴った。
「あ……」
「お昼、食べていかない？」
ちょうど、お昼時。わたしは食事に誘った。
その日の昼食はスコーンと、いろいろなおかず。
もちろん、わたしの手作りだ。
まだ少ししぶっている少年。
少しほこりを払ってあげて、手をしっかり洗わせた後、強引にテーブルにつかせた。
お父様や白崎さんも、やがて昼休みとなり、テーブルにつく。
「おや？ なんだい水晶。その娘は？」
お父様が言った。
え？ だって、男の子だよ、この子。
「かなり身なりが汚いね。だけど、女の子だね」
それを聞くと、その少年？少女？はびくり、と体を硬直させた。
白崎さんは、なぜかニヤニヤしている。こういうとき、大抵、何か隠している。
「とにかく、それは後で。頂きましょう」
わたしの一言で、みんなでいただきます、となった。
「はい。わたしの焼いたスコーン。味は悪くないと思うけど」
少年の前に、スコーンとジャムを盛った皿を置いた。
すると。いきなり少年が泣き始めた。
「うう……姉さん。姉さん？ ぼくは、ぼくは」
両手で顔を覆い、泣き続ける。
お姉さん……？ 家族がいるのかしら。複雑そう。
「とにかく、おなか空いているんでしょう。食べなさい」
わたしは奨めた。
「うん」
いつしか、正直に頷く少年。
まるで何日も食べていなかったかのように、スコーンにかぶりついた。
おいしそうに平らげていく。
サラダに、キュウリの冷たいスープ。なすのケチャップ炒め。
「お代わりだったら、まだあるから……」
わたしはちょっと嬉しくなっていった。
「ありがとう。君って、料理が上手なんだね」
すると、お父様が言った。
「うむ……何しろ、私の若奥様だからね」
「やめてよ、お父様」
「ふふふふふふふ」
こうして、いつものようにお昼時が過ぎていく。
でも、どうしてお父様は冗談でわたしのことを若奥様、って言ったりするんだろう。娘なのに……。
あら？
いつの間にか、ヨレヨレのサングラスが取れていた。
涙に赤く晴らしたその瞳の色は……!
オッドアイ。
右が赤、左が青。
「そ、蒼星石!？」
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