「ふむ。やはりそうだったか。ようこそ蒼星石。我が工房へ」
お父様が言った。
でも、蒼星石？らしき少年……ああ、少女だわ、は。
「蒼星石？……その言葉、懐かしいような、わからな……あ、頭が痛い。痛い」
とたんに頭を抱えて苦しみ始めた。
「大丈夫？」
わたしは慌てて介抱した。
「やっぱりね。記憶はないみたいですね」
白崎さんがニヤニヤして言った。やはり、何か知っているな、コイツ。
「お父様、また白崎さんが何か企んだみたい」
「うむ……やはりアレか」
「そうね」
「え？ ちょっと水晶ちゃん、何をするの？ エンジュ先生も一緒になって、うわ」
そして、白崎さんはわたしとお父様で強引にクローゼットに押し込められ、カギを掛けられた状態になった。
それから約２時間放置。
「うわ〜ん……寂しいよう、シクシク……ぼ、僕が悪うございました。だ、出して下さぁ〜い……ひっく」
なにしろ、白崎さんは元はラプラスの魔、ウサギ。
だから、実は極端な寂しがり屋で閉所恐怖症なの。
しかも臆病。それに、暑さと湿気に弱い。今日みたいに蒸し暑い日は。
「……効果抜群」つい、わたし、独り言。
やがて、ついに白崎さんは音を上げた。
「わ、わかりましたよぉ。全部話します。話すから出して下さぁ〜い……。でも、ちょっとコレも……悪くない……あ、冗談です冗談！！ 早く出して」
わたしとお父様は、お互いに顔を合わせてニヤリと笑った。
「いや……。話す、とは言ってみたものの、ぼくもあまり詳しいことは伝えられていないもので。正直、戸惑っているんですよね」
妙に上気した顔になった白崎さんは、大振りのコップにいっぱいの水を、チビチビと飲みながら話し始めた。
水分は、ウサギにとって大切なものらしい。
「もともと、蒼星石は自分で世の中がイヤになって、自分から存在を否定してしまったドールなのよね。それって、人間で言うところの自殺と同じ、ってワケだし。それでギルティ、となってこの世界に転生してきた、らしいんだけど」
「ふむ。でも、ギルティだの、そういうことを決めるのは一体誰なんだ？ ローゼンがそれだけの力を持っているとは私は思えないんだが」
お父様が、首をかしげながら白崎さんに聞いた。
「ぼくも知らないんです。ただ、何か、あの世界で秩序を保っているものが……ぼくも、そのしもべでしかないから……」
自信なさそうな白崎さん。こんな白崎さん、初めてだ。
「その……君の主人ってのは？」
「わからない……わからないんです。ただぼくは、あっちの世界とこっちの世界、はたまた別の世界……行ったり来たり、罠を仕掛けたり、道案内をしたり、いろいろなことはできるんですけど、ぼく自身がどうして存在するのか、また、その理由、ぼくを造りたまいしものについては、知らないんですよ」
そのやり取りを、蒼星石はただ、黙って見ているだけだった。
わたしも。
「どちらにしても、蒼星石も私たちと同じように、この世界に流れ着いた、と言うことなんだね」
深くため息をつきながら、お父様がしみじみと言った。
「いや、そんな流れ着いた、だなんて。それじゃぁ東京流れ者……あ、いや、とにかく、そんなんじゃないですよ。先生、もっと自信を持ってくださいよ。ただ、一つだけ間違いないことは、蒼星石にも試練が与えられているだろう、ってことです」
そこで、始めて蒼星石が口をきいた。
「試練……」
そしてしばらく考えた後、不意に言った。
「そうだ。ぼく、帰らなくっちゃ」
そういうと、蒼星石はフラリと、わたしたちの居間からいなくなろうとした。
「あ、待って！」
わたしが引き留めようとしたその時。
「シグナルはわたしのものです。返して貰いましょうか」
突然、ぼそっとそう言いながら、知らないおじさんが入ってきた。
「何かね、きみは？ ここは私たちの家だぞ」
お父様が、突然の侵入者に立ち上がると、少し怒った声で答えた。
「そっちがどう言おうと、シグナルはわたしのもの。どうこう言われる理由はない」
そのおじさんは、あたまはライオン頭……逆三角形の顔に、妙に神経質そうな細い目の、これまた細身の人だった。
服のセンスは……カジュアルっぽいみたいだけど、なんか変。
言葉つきはていねいだけど、強硬なタイプ。そう思った。
「うちの庭の手入れを手伝ってくれたので、お礼に昼食をもてなして、休んでもらっているところなのだよ。返して欲しい、と言うのなら返しましょう。でも、こんな格好をさせて……一体、どういうつもりなんです」
お父様もやり返す。
その途端、そのおじさんは一瞬、ほんの一瞬。顔にあからさまな嫌悪を見せたかと思うと、ポーカーフェイスに戻って。
「どうもこうも、使用人なんだからどういう格好をさせようがこっちの勝手。他人にとやかく言われる必要はない」
「だが。いくら何でも限度というものがある」
「これはわたしたちの問題であって、そちらの問題ではない。このシグナルもそれを受け入れている。それのどこが悪い……と言いたいね」
ああ言えばこう言う……つかみ所のない話し方をする人だ、と思った。
「とにかく、シグナルは連れて帰る」
そういうと、おじさんは蒼星石の手を強引に掴むと、引きずるように部屋から連れ出して、ずかずかと玄関をあっという間に通って、わたしたちの家から出ていった。
「あ、待って！ 蒼星石。 それでいいの？」
わたしはあわてて追いかけると、連れ去られていく蒼星石に玄関から大声で声を掛けた。
チラリ、と振り向きざまに、こちらを見た蒼星石。
でも、その目は死んでいた。わたしはため息をついた。
「ああ……」
ただがっくりとなって、二人を見送るだけのわたしの肩に、いつの間にかお父様の手がぽん、と置かれた。
「まぁ、様子を見よう。このままでは終わるまい」
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