「つまり、水銀燈が凶暴なのは、このローザミィスティカのせいなのだわ。これをみんなに教えたかったのです」
鼻高々の真紅先生。生徒達も、そんな真紅先生を尊敬の眼差しで見つめます。
そこで蒼星石が質問をしました。
「先生。よくわかりました。でも、なぜ僕たちもローザミィスティカを持っているのに、水銀燈みたいに凶暴にならないんですか？」
「それは良い質問ね。蒼星石」
真紅先生はにこりと笑って蒼星石をほめます。
でも、次の瞬間にその顔を曇らせると、こう言いました。
「だけど。あなたの場合は、不潔だといって、街の娼婦達をそのシルクハットで切り刻んでジャックリッパーと呼ばれていたこともあったのを、忘れてはいけないわ。ローザミィスティカは、とても危険な一面があるのだわ」
やぶ蛇に、探られたくない過去を暴かれて、真っ赤にうつむく蒼星石でした。
そうこうしているうちに、ヤクルトを飲み終え、もじもじとしていた水銀燈が気弱な声で話し始めました。
「あの……真紅。あなたはもう覚えていないでしょうけど、わたし、貴女を待っていたのよ。そう。そこの蒼い服の弟に、お腹を切り裂かれて……一度は死の海に沈んだけど、その時、いきなりお父様がローザミィスティカをわたしに与えてくれて、生き返ったの。薔薇乙女として正式に」
そして、丁寧に教室のみんなにスカートをちょっとだけ上げる、あの正式の方法で（なんていったっけな……）、会釈をしました。
「皆様。初めまして。わたくし、薔薇乙女の第一ドール、水銀燈と申します。いわば、あなた達のお姉さん、ね。よろしくお願いします」
その仕草は、か弱いながらも上品で華麗、かつ薔薇乙女の第一ドールとしての気品を備えた立派なものでした。
おもわず、生徒達は拍手で水銀燈を迎えました。
「みんなありがとう。大好きよ」
上品な優しい微笑みで、水銀燈はその拍手に応えました。
教室の主役の場を、実験動物だと思っていた水銀燈に奪われてしまった真紅先生は、不機嫌になりました。
ついでに、弟と言われてしまった蒼星石も、おかんむりです。
「あ……ごめんなさい真紅。わたし、つい調子に乗って。ここはあなたが先生だったことを忘れていたわ。それと……蒼星石、だったかしら。あなた、女性だったのね。ごめんなさい。悪気はないの。でも、貴女、少し乱暴すぎる様に……思うわ」
全く水銀燈らしからぬ言動でした。
「まぁ、いいのだわ。それより水銀燈。どうして私のブローチを壊したの？ あれは私がお父様から頂いた、大切なものなのに」
早速、真紅から水銀燈に対する、静かだけど底の深い、攻撃が始まりました。
でも、水銀燈はさらりとかわします。
「わたしはあなたのブローチを壊していないわ。何かの勘違いじゃないのかしら。確かに、カケラは持っているわ。ええと、たしかここに。あ、あったわ。はい。どうぞ」
水銀燈は素直に、真紅へと、かつて真紅が持っていた、今は壊れてしまったブローチのカケラを渡しました。
「……何考えているの。壊したのは貴女でしょう！ シラを切らないで！！」
水銀燈は、露骨に真紅の神経を逆なでしてしまったようです。
「待って。真紅。本当に覚えていないの。もしかして、わたし、間違ってあなたのブローチを壊してしまったのかも。大変。ごめんなさい、本当にごめんなさい」
真剣にあやまる水銀燈。演技ではないようです。
真紅含めて、教室のみんなはあっけに取られました。
「どうも変ね、水銀燈。あなた、沈んでしまってからどうなったのか、一度話してみるのだわ」
真紅にそう言われて、すっかり毒気（ローザミィスティカ）を抜かれた水銀燈は、静かにうなずきました。
いつの間にか、雛苺が「ここに座るのー」とイスをすすめて、水銀燈は「ありがと、おちびさん」と礼を言うと、イスに腰掛けて、静かに話し始めました。
「お父様から、ローザミィスティカを頂いたわたしは、ｎのフィールドの４０３０番の世界を貰ったの。何もない世界……でも、今からここがわたしだけの世界になるのね、そう思うと嬉しさでいっぱいだった」
まるで水銀燈とは思えないくらいに、目の隈も取れた穏やかな顔つきで、優しい声で水銀燈は、真紅への愛情を込めて話を続けます。
「だけど、わたしは何も知らないし、何も持っていない。だから、まずは真紅と一生懸命、歩けるように練習した部屋、そこから作り始めたわ……そう、それは真っ白な無垢の空間にぽつんとできた、小さな小さな部屋。でも、わたしの大切な部屋。そして、紅茶。真紅に飲ませようと、美味しい紅茶を入れて待ってたわ」
真紅だけを除いて、みんな目を丸くして話に聞き入っています。
「そしたら、真紅が遊びに来てくれた。嬉しかったわぁ。早速、真紅の大好きな熱めの紅茶を入れてあげたの。そしたら……」
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