当人の一人である真紅は、まるで目に見えない何かに、したたかに打たれたかのように、呆然と立ちつくしています。思わず、口から言葉が。
「わ……私、そんなことしていないのだわ」
「うそおっしゃい！ 真紅がそんなに酷い妹だとは思わなかったですぅ！！ これじゃ、これじゃ水銀燈があまりにも可哀想ですよ……」
翠星石が開口一番、真紅を責めます。
「ち、違うわ」
否定する真紅に、金糸雀はバイオリンを取り出すと「ヘヴィメタ破壊音波！」と叫んで、メチャクチャな音でバイオリンを弾き始めました。これには、教室のみんなも巻き添えになりました。
でも、途中で急に止めると「もっといい音があるのカシラ」と、鉄の爪を付けると、その手で教室の黒板を引っ掻き始めました。
言葉にできないほどのエグい音が、真紅を苦しめます。
「わ、私、発泡スチロール程度なら良いけど、そ、その音ばかりは苦手なのだわ！ や……やめて」
あの強気だった真紅が、すっかりいじめられっ子と化してしまっています。
そのうち、金糸雀自身がその音に負けて、目を回すとひっくり返って、いつもの様に自爆してしまいました。「策士、策に溺れるのカシラぁ……う。ドテっ」
はぁ、はぁと肩で息をする真紅。すがるような目でみんなを見つめます。
「違うの！ 何かの……何かの誤解。そう、水銀燈の作り話なのだわ！！ みんな、騙されてはいけないわ。ねぇ雛苺、あなたは信じてくれるわね？」
「でもぉ……真紅？ ヒナ、よくわからないの。でも、水銀燈にひどいことしたんだよね？ それって、良くないことだと思う……なの」
雛苺にまで、見放された真紅。
残るは蒼星石と、雪華綺晶だけです。
先制を打ってこれ幸いにと、蒼星石は口の堰を切りました。皮肉たっぷりに。
「真紅。君って素晴らしいなぁ。そんなにうまく水銀燈を罠に掛けるなんて。僕も脱帽だよ。だけど、毒鴉の目玉はやり過ぎだったんじゃないのかい？ これじゃ、ローザミィスティカ奪うのに苦労するよ……もっとうまくやれば良かったのにね」
「くっ」
ダメでした。雪華綺晶も、ただ右目のバラの花をニョキニョキと出して、遊んでいるだけでした。そんなこと、どうでもいいじゃない、と言わんばかりに。
でも、一人だけ真紅の味方がいました。
「真紅。確かにあなたは酷いことをわたしにしたけど、気にしていないわ。だって、アリスゲームに一番熱心だったのは貴女だから。それに、わたしはアリスゲームで戦っていける力を貴女に貰った。でも、少しだけ寂しく思うわ。それだけよ」
水銀燈でした。
「うるさいわね！ この嘘つき！！ じゃ、今から私がサラの元を去った後のことを話すわ。そう。私がお父様から頂いたブローチを、あなたが壊したときの様子をね！」
そして、今度は真紅が語り始めました。
内容については、オーベルテューレを参照してください。
それは、わざわざ書くのがめんどくさいからです（すみません）。
「……どう？ 水銀燈。あなたは、こんなむごい仕打ちを私にしたのよ。おまけに私を貶める嘘までついて。とんでも無いのだわ」
これで逆転だわ、と真紅は半ば勝ち誇ったように言い放ちました。
でも、水銀燈はキョトン、としています。
「真紅ぅ、わたし、そんなことしてないわよ。本当に。だって、貴女に倒されてしまってから、次に貴女に会ったのは別の時代だったわ。正確には……」
ここで、水銀燈は分単位で経過した時を告げました。
それは、どう見てもあのブローチ事件とは辻褄の合わない、時間のズレでした。
本来、ここでさらに真紅は激昂するところでしたが、真紅も薔薇乙女随一の傑作ドール。どうもおかしい、と気づきました。
「それじゃ、あの時のあなたは……」
水銀燈も呼応します。
「もしかしたら、あの奇妙な姿の真紅は……ブ、ブローチのかけらだって、たまたまわたしのｎのフィールドに落ちていたのを拾ってきただけなのよ」
二人は互いに考え込んでしまいました。他のみんなも、いえ、正確には雪華綺晶、そして金糸雀以外の薔薇乙女達も……一斉に黙り込んでしまいました。
いつの間にか、自爆状態から復活した金糸雀だけ、ボソボソと何かをつぶやいています。雪華綺晶の薔薇の目の動きを見ながら……。
「おかしいのかしら。この薔薇の動き、規則性があるような……これは何かの暗号なのかしら。えーと、うーん……」
金糸雀は、その行動パターンにおいて、決して賢いとは言えないドールです。
自称頭脳派としては看板を返上しなければならない程の、ヘタれ振りです。
でも、学問や記号の謎解きに関しては確かにずば抜けた能力を持っていました。
その力が、雪華綺晶が何かをジェスチャーで言おうとしているのに気付いたのです。
「これは、とある調べ……音符に変えてみて、それを一定の法則で言葉に当てはめてみる……と。フムフム。大体判ってきたかしら」
独り言を繰り返す金糸雀を、初めはみんな知らん顔していました。
あ、またやってるな、と。
でも、次の言葉で、全員が金糸雀の言葉に一気に引き寄せられました。
「え、と……水銀燈も、真紅もおバカさん。お互い、あたしが化け……た、水銀燈。そして真紅に騙され……て？ ケンカ……争いを始めた。もう、おかしくっておかしくて？」
続けて金糸雀は言いました。
「これは凄いこと聞いちゃったのかしら。これはカナだけの秘密にしておいて、後の策略に使えるわ。そして楽してズルしてローザミィスティカ頂きなのかしら」
すっかり、自分の頭の中だけのつもりの言葉が、そのまま独り言になって口から出てしまっていることに気付いていない金糸雀でした。
衝撃の雪華綺晶の告白に、薔薇乙女達は愕然となりました。
「お前、何をいっているのか判ってやがるのですか？ とんでもない爆弾発言ですぅ」
翠星石が呆れるやら、驚いたやらの表情で、雪華綺晶を睨み付けました。
でも、雪華綺晶は素知らぬ顔で、金糸雀を通して語り続けます。
「（真紅が……猫を嫌いになったのは、わたしが……こっそり、猫の糞を真紅のティーカップに……そして、猫に乗り移って、意地悪を……フフ）……まぁ、なんて狡賢いのかしら」
金糸雀も同時通訳しつつ、驚きます。
本来、金糸雀がやるべき卑怯な作戦ですが、実際の所、金糸雀はその点については、口だけにしている女の子……でした。
「（壊れたドールは……あちこちから拾ってきて４０３０番のフィールドに……捨てた。中には、変な臓物人形もあったし、本当の人の、人の）……うぇぇぇぇっ」
突然、ドン引きする金糸雀。
「続けなさぁい。金糸雀」
水銀燈が、ＴＶゲームに例えるのなら、怒りのゲージ振り切れ状態でうながします。いわゆる「溜め」の状態の様です。もう、爆発まで秒読み段階でした。その圧倒的な迫力に、金糸雀はビビりつつ、続けます。
「（ひ、人の死体も、それも事故で死んだグチャグチャ）……もう、ダメなのだわ」
失神しそうになりながらも、金糸雀は雪華綺晶の口訳を言い切りました。金糸雀、偉いですね。
「そうなのぉ。道理で、いくら片付けてもジャンク人形が減らないワケなのねぇ。ふうん。そう。そうなんだ……」
水銀燈の声は、完全に低いトーンに移調していました。
「はぁ……とんでもないことだね。僕たち、みんな雪華綺晶に踊らされていたなんて」蒼星石が、皮肉たっぷりに肩をすくめた。「あーあ、もう僕、薔薇乙女止めちゃおうかなぁ。アニメ業界なんて不潔極まりない……そうだ。次はゲーム業界に行って、売りだそうかな？『菊池 真』って芸名で、そして……えーと……そして、二人は……ウフフフっ」
実は、蒼星石はボーイッシュであると同時に現実主義の薔薇乙女として知られているのとは裏腹に、夢見る乙女としての妄想癖を持つ一面もあったのでした。
すっかり脱力状態の今、あっさりとその隠れた姿を露呈してしまう蒼星石。
翠星石が、その弟、いや、妹の姿に驚愕しました。
「蒼星石……そこまでショックを。あ、姉として許せないです。スイドリーム！！」
人工精霊を召還します。
「雪華綺晶、覚悟！ですぅ」
キラキラ輝く見事な瑠璃細工の如雨露でから放たれる命の水が、巨大な蔓を呼び起こし、雪華綺晶をスッポリと包み、ギリギリと万力のように締め上げるのでした。
「（ああ……良い締まりぐ……あいだわ。もっと、お姉様）」
金糸雀は、すっかり同時通訳担当です。
「何いってんですか、この変態！ お前はＳですか！！」
「待ちな……さい」
尚も攻撃の手を緩めない翠星石を制止したのは、真紅でした。
「ひっ」
翠星石は真紅の姿を見て、悲鳴を上げました。
なぜなら、真紅の周囲は紅蓮の炎で包まれていたからでした。それは、怒りの炎。
真紅に秘められた、最後の奥義、究極の必殺技を放つ予兆でした。
「し、真紅？ いくら何でもそれだけは止めるですぅ。それを使ったら、真紅は……そして、この世界は……」
「黙って！ 翠星石。私、もう許せないのだわ！ よくもこの真紅を謀ったのだわ！ 今、天誅の時よ！！」
そう叫ぶと、穏やかな田園風景だった教室の外に、にわか暗雲立ちこめ、一閃の稲妻が教室の屋根を突き破って真紅の体を直撃。しかし、真紅の怒りの心と体が、そのエナジーをすべて体内に留めるのでした。
かくて、真紅最後の必殺技、稲妻エナジーをたっぷりと含んだローズテイル、つまりレッドサンダーストリーム（なんちゅうネーミングセンスの無さ）の準備が整ったのでした。
「行くわよ、雪華綺晶……永遠の安らかな眠りに」
不気味なまでに静かに、真紅は雪華綺晶に弔辞を突きつけるのでした。
「待ちなさぁい」
そこに、怒り心頭に発した、水銀燈も加わります。
「真紅ぅ、わたしも事情は飲み込めたわ。こうなったら、二人は姉妹。過去のわだかまりの原因も解けた今、一緒にこの間抜けな薔薇薔薇ジャンクをバラバラにしてやるわぁ」
「（ふ……つまんない。お姉様、それでギャグのつもり？）……あわわわ、これ、カナじゃないの。雪華綺晶が言ったのカシラ」
明らかな死の危機に直面しつつ、尚も挑発する雪華綺晶。
どうなるのでしょうか？
「うふふ、ウフフフフ……・」
雪華綺晶は始めて自分の口で、不気味な笑いを浮かべると、薔薇の花を怪しく奇妙なリズムで踊らせ始めました。
「一体、何のつもり？」
真紅がいぶかしがる。が、その薔薇の動きを見ていると、急に意識がもうろうと。
「こ、これは、罠。目眩ましなのだわ」
ドォーン！！
真紅は、マックスまで溜め込んだエナジーを、床から床下に放出してしまうと、その場に崩れ落ちました。
「真紅！ 真紅！ しっかり！」
水銀燈が気遣います。しかし、水銀燈も足元によろめきを感じ始めました。
見れば、すでに雛苺も、翠星石も、蒼星石も、金糸雀……そして、何とめぐまでも昏倒してしまって。
「うっ。このわたしが……わたしがそんなものにやられたりはしないのよぉっ！」
渾身の力を放って、黒羽根のドラゴンを究極の力で雪華綺晶にぶつけました。
「キィヤァァァァァ」雪華綺晶の叫び。
「やった！……の！？ ああ、わたしももう」
水銀燈も、急速に意識が遠ざかっていくのを感じました。
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