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オーベルテューレの真実? ページ4
 ここより、舞台は水銀燈の回想に変わります。

「あら、ジャックリッパーの鋏に切り刻まれて、死亡フラグが立ったと思ったら、いつの間にか復活していたのね、水銀燈」
 真紅は、精一杯入れた愛情と感謝の思いが込められた、水銀燈の紅茶が用意された小さな部屋……そう、子供部屋。水銀燈の知っている唯一の世界。に現れた。
「真紅」
 嬉しそうにその名を呼ぶと、水銀燈は真紅を抱擁した。
「離しなさい」
 だが、真紅は冷たく水銀燈の愛情表現を拒絶し、体を離した。
「し……んく?」
 態度の変わってしまった真紅に戸惑う水銀燈。でも、たまたま機嫌が悪いのね、と自分を納得させると、真紅をテーブルに誘った。そのテーブルは水銀燈が考えて「作り」出したものだった。シンプルな一本足の丸テーブルで、媚びたところのない、素直なデザインのものだった。それと、同じく丈夫そうな木製の丸椅子が二脚。
「さぁ。紅茶が用意してあるわ。まだこの部屋以外は何もない世界だけど、紅茶だけは貴女に教えて貰ったとおり、美味しいものを入れたつもり。喜んで貰えると嬉しいんだけど」
 真紅は、黙ったまま、乱暴にテーブルについた。
 そして、無言で紅茶を一口すする。
 水銀燈は思った。今日の紅茶の入れ具合には自信がある。
 きっと、この一杯でまた、あの優しく、思慮深い真紅に機嫌を直してくれる。
 そう信じていた。だが。
「ぬるい」
 そう言い放つと、藪から棒に真紅はティーカップの紅茶を、水銀燈の顔めがけて、思いっきりぶちまけた。
「きゃあっ。熱い。熱いっ!」
 あまりの紅茶の熱さと、そのショックで、水銀燈はその場に気絶し、倒れ込んでしまった。
 一人、真紅はニヤリ、と笑った。

「う……あ、ここは……どこ? 寒い。なんて寒いところなの」
 水銀燈は、全身を刺すような鋭く厳しい寒さの中で、意識を取り戻した。
 背中が特に寒いし、痛い。
 なぜなら、硬く氷のように凍てついた石畳の上に、仰向けに転がされていたから。
「い、痛い」
 たまらず、水銀燈は起きあがって周囲を見渡した。
 そこには、自身が精一杯愛情を込めて造った、小さく平和な部屋はなかった。
 ただ、荒涼とした廃墟の街。
 背中の痛みは、荒っぽく砕かれた石畳の道路のガラが鋭い角で背中を刺していたからだった。
「ど、どうしてこんなところに」
 水銀燈は、弱々しく怯えた声でうめきつつ、つぶやいた。
「真紅、真紅? どこなの」
 顔にかけられた熱い紅茶のおかげて顔がヒリヒリする。
 それでもまだ、水銀燈は真紅を信じていた。
 何か、意味があるのだろうと……その意味は、すぐに知らされることになった。
「お目覚めかしら? 水銀燈。あなたのnのフィールド、私がちゃんと飾り付けをしてあげているわ。その目でしっかりと見る事ね」
 声の主を見上げると、そこには異様な格好に身を包んだ真紅が立っていた。
 いつでも装着できるよう、ゴーグルを仮留めしてあるヘルメット、安全帯、つま先に鋼鉄板の入った安全編上靴、そして作業着にニッカポッカ。つまり安全装備万全の建築作業員姿であった。
 ただ、奇妙なのは全身が真っ赤なことであった。
 ヘルメットには、(RR建設 真紅 B型)と大きく書かれていた。
「真紅、貴女なんて格好。それに、この世界は一体?」
「おほほほ。ジャンクな貴女にふさわしい世界に、私が作り替えてあげるのだわ。感謝しなさい、水銀燈」
 そこは、廃墟となった街の中央広場。
 水は枯れ、惨めな姿になった噴水のオブジェの上。
 真紅は、そこに仁王立ちになり、せっかく水銀燈が貰ったnのフィールドをまさに今、メチャクチャな世界に作り上げようとしているのだった。

「さぁ、ホーリエ。さらにメチャクチャにしてしまいなさい」
 真紅が命じると、ホーリエがまるで狂ったように飛翔する。すると、何もなかった空間に、次々と廃墟が形作られていく……。
 が、なぜかホーリエの色はどす黒くくすんだ、気味の悪い、そう……例えるなら毒気を含んだ病的な血の色であった。
「やめて! わたしの世界……わたしだけの心の世界を勝手に廃墟にしないで!! 真紅、どうしてそんな意地悪をするの? わたし、何か悪いことをした? あなたに酷いことをしたの? わからない……わたし、どうして良いのか、わからない」
 哀れな水銀燈は、あまりにも酷い真紅の仕打ちに、なすすべもなくその場に泣き崩れるのだった。

「水銀燈?」
 泣き続ける水銀燈に、冷たく真紅は話しかけた。
「……」
 返事は帰ってこなかった。
「ふん。ジャンク。ジャンク、ジャンク……あなた、それでもローゼンメイデンなの? それにしては、ヤケに弱虫ね。第一ドールが、聞いて呆れるのだわ」
 ピクリ、と水銀燈の震える肩が一瞬、止まった。
「逆十字を表されたそのドレスこそ、あなたの証。しょせん、あなたは出来損ない。神に逆らった異端の生き物として、全世界の生きとし生けるものを敵に回すのだわ。それがあなたの宿命」
 たたみ掛けるように真紅の侮辱は続く。
 水銀燈は、無言で泣き続ける。しかし、その二つの拳は石ころだらけの石畳の上で、強く握りしめられていた。
「さぁ、どうしたの? 水銀燈。私、あなたの中に猛り狂う野獣(ケモノ)の姿を見てみたいのだわ! 立ちなさい! 水銀燈! 立つのよ!」
 そして、ついに水銀燈は立った。ふらり……と。
 その弱々しい仕草は、却って不気味ですらあった。
「わかったわ、やっとわかったわ……貴女、わたしを助けるフリをして、実はわたしを滅ぼそうとしてたのね。それも、最高の侮辱と屈辱と、絶望の中で。実の妹に裏切られた落胆と失望、そして恨み!怒り! わかって!? 真紅ぅ!!」
 胸も張り裂けんばかりの声で、水銀燈は叫んだ。
 心に楔をぶち込まれたかのような落胆と失望で、穏やかだったその目尻には皺が寄り、まさに血の涙と形容のしようがないほどの悔し涙が、水銀燈の頬を熱く、そして悲しく濡らしていた。
「ううっ!」
 その刹那、水銀燈は背中に強烈な痛みを覚えた。どうして?
「おほほほほ。貴女、ジャンクで弱そう。だから、アリスゲームが詰まらなくなるわ。だから、私からのプレゼント。毒鴉の目玉を二つ、あなたの背中に埋め込んであげたのだわ。ほーっほっほっほ」
 真紅らしからぬ妙な高笑いをしつつ、姉の体に対する、己の陵辱を暴露した。
「さぁ、そのままではあなたは死ぬわ。でも、私を憎む力が、その暗黒エネルギーが貴女を支配するのなら、その贈り物はとてつもなく素晴らしいものになるのだわ!」
「酷い……酷すぎる……真紅ぅ……ゆ、許せない!」
 そして、水銀燈の心が「負」の力に負けた。
 毒鴉の目玉の呪力は、水銀燈の背中にヒビを入れ穴を穿ち、内部に入り込む。
 そして、それは巨大な黒い邪悪なる悪魔の羽根となって、水銀燈の背中の上で仇花となって大きく花開いた。
 これが、水銀燈の必殺ワザである羽根の由来である。
「真紅うぅぅぅ……覚悟なさい!」
 水銀燈の反撃が始まった。薄暗く淀んだ空を覆い尽くさん程の勢いで、邪悪な羽根が広がった。それはやがて竜に姿を変え、真紅めがけて突進した。

 愛していたものに裏切られ、しかも相手は実の妹。
 その恨み、憎しみは途方もなく強く、深かった。
 この時、水銀燈は一つの迷いもなく、真紅を完全にこの世界から否定し、排除……つまり、殺す気だった。
 しかし、真紅も戦闘力では薔薇乙女の中でも一、二を争うドール。難なく水銀燈の攻撃をかわし、華麗に空中でひらりと一回転すると、いつものドレスへと姿を替えた。
「やったわ。ついにやったわ。水銀燈。あなたは邪悪なる力に負けた。まさに薔薇乙女最凶のドール。妹として、誇らしく思うわ……心までジャンクになって。これから闇を纏って生きていくのよ……オホホホホ!」
 そして、強烈なローズテイルの奔流を水銀燈に見舞ったのだ。
「きゃあっ!」
 真紅に比肩する、いや、潜在的にはそれ以上の力を持ちながらも、まだその扱いに慣れていない水銀燈は、経験不足からあっさりとローズテイルに巻き込まれ、朦朧となり、やがて意識を失って行った。
 真紅の高笑いが、徐々に遠ざかっていくのを悔しく思いながら……。

 ……水銀燈の回想はここまでです。

 教室内は、明らかに しん、と静まりかえっていました。
 ドール達は、あまりにもむごい仕打ちに、ただ自失呆然となるだけだけです。

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