「はい。きょうはこれで終わり」
蒼星石が剪定を終えて、こちらに戻ってきた。
確かに、あっという間に刈り揃えられた樹木は見事な形を見せている。
剪定屑も、ちゃんと計算して、下に敷いてあったシートに落として刈ったので、後片付けも一瞬だ。
「お疲れさま」
巴さんが新しいお茶を持ってきた。
今度はジュンと蒼星石の分も。
「いただきます。う〜ん。……結構なお手前で」
日本茶にうるさい蒼星石もほめる。
「それはどうも」
静かに、それでもうれしそうに巴さんが答える。
ここで、蒼星石がズバリと切り出した。
「……ところで、この世界では、ジュン君と巴さんは大人になって、しかも夫婦なんですね。僕、ビックリしました」
「そ、蒼星石……っ」
わたしは、軽く指でちょんちょん、と、わたしの隣に座った、蒼星石の背中をつついた。
「ん？ どうかしたの、水晶」
ダメだ。
ところが、そんなわたしの気苦労をよそに、ジュンが縁側に腰掛けながら言った。
「いや。実はぼくと、君たちの世界のジュンとは別人なんだよ」
「えっ」
同時に驚きの声を上げるわたしと蒼星石。
縁側に、左からジュン、珠理、巴さん、わたし、蒼星石と並んで座った格好に。
ジュンは、ゆっくりと話し始めた。
「ちょっと、ややこしい話になるんだけど」
前置きから始まった。
わたしたち……わたしと蒼星石は大丈夫です、と仲良く同時にこくり、とうなずいた。
「あちらの世界のジュンは、ぼくに似ているけど、赤の他人。でも、彼があの世界に生を受ける時、少なからずぼくの影響を受けている」
ジュンは少し鼻からずれてしまったメガネを直すと、続けた。
「蒼星石はよく知っていることだろうけど、あっちでは生を受けた人間の夢の世界に誰でも樹を持っている。でも、その種がどこから生まれるのかは、詳しいことはまだわかっていない。そうだろ、蒼星石」
「ええ」蒼星石はうなずいた。
「ただ、種が生まれる課程で、お父さんやお母さんの強い影響を受ける。それが、物質領域での『遺伝子』ってことになってる。だけど、実際にはそれだけでは説明できない、いくつもの影響が重なり合って、命の種が生まれるんだ」
確かに、同じ両親から生まれた子供どうしでも、性格が全く違ったり、両親にはない身体的特徴を持って生まれてきたりすることがあると聞く。
それは、父側と母側の遺伝子の混ざり具合と、遠い昔の遺伝の記憶の木霊のせいだと、今の科学では説明されている。でも、それだけでは説明しきれない部分もあるのも事実だ。
「そのいくつもの影響の中には、いろいろなものがある。全く違う他人の樹の干渉によってもたらされたりするものや、世界樹の干渉によるもの、そして不確定なもの、さまざまだ。彼の場合、ローザミィスティカの力が、ぼくという媒体を介して、彼に影響を与えてしまったようなんだ」
そこでため息をつくジュン。
「……ここで、別の話をしなければいけない。ちょっとお嬢さんたち、それに珠理、頭を切り換えて欲しい」
珠理、そしてわたしたちはうなずいた。
「水晶、きみのお父さん……槐はローゼンと同じく、不死不老の力を身につけているよね」
「はい。でも、それにも限りがあると……ただ、ローゼンだけはあちらの世界が滅んでしまうまで、その命は保たれると聞いています」
お父様は、もう数百年も齢を重ねている。
でも。それもあと数千年が限界だと、わたしに話してくれたことがあった。
「ローゼンの弟子たちは、その力をローザミィスティカに関わることで身につけた。もちろん、ぼくもね。ただ、長くこの世に生を保つには、いろいろな方法がある。ぼくの場合は……転生を繰り返すことにしている」
「と、いうと？」
蒼星石が質問する。
「うん。ぼくは普通に生まれて、普通に年を取り、やがて体の「死」を迎える。だけど、その後すぐに次の出生を体験して、また年を取り、そして老化した体から離れて、また次の赤ん坊に……それを繰り返してきた。もちろん、赤ん坊の頃は何も知らないし、朦朧としている。でも、思春期を迎える頃に「自己」を取り戻し、過去の記憶と熟練で得た技術、知恵を蘇らせている。そうすることによって、世間から隠遁して生活するという「罪」だけは免罪してもらっているよ」
免罪？ それは……。
「ぼくはアリスを創り上げることには反対していた。だから、そのことについてはローゼンに一切、協力しなかった。そのおかげなのかも知れないな。でも、ローザミィスティカは受け継いでしまった。ローゼンの一派としての宿命と罪と共に」
思わず身を乗り出して聞いていたわたし。
ジュンは、晩秋の澄み切った空の遠くを見つめていた。
「アリスが崩壊してから、ローゼンはローザミィスティカを使って、薔薇乙女たちを作り始めた。実はそれには贖罪の意味も込められていた。ぼくも、彼女たちの衣装の制作を担当したんだ」
「えっ！？ それじゃあ、僕のあの、ドール時代の服はあなたが？」
蒼星石が驚きの声を上げた。
「うん。もともとぼくは、ドール衣装のマエストロだった。残念なことに、ローゼンは全ての点で万能ではなかったんだ。ドール本体を創り上げることはできても、そのドールを飾る衣装ばかりは、ぼくの力なしでは難しかったようだけど」
「そうよ。パパの作る衣装はそりゃ凄いんだから」
珠理が合いの手を入れる。
「そういえば。珠理のドール衣装はまだ見たことないわね」
「うん。ぼくも、見てみたいな」
それに答えて、珠理は人差し指をたてつつ、ちょっとおすましな顔をして言った。
「それは後のお楽しみ。きっと、みんなびっくりするわよ」
「これ。珠理。変な自慢をするもんじゃありません」
巴が珠理に注意した。その様子は、まったく親子のようであった。
お母さん、かぁ……。
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