オディールは決意した。
「突然のことで申し訳ありません。聞いて。みんなに、わたしの本当のことをお話しします」
それから、オディールは自身の身の上について語った。
直後、真紅はまさに全身を雷で打たれたかのようにショックを受け、床の上に座り込んでしまった。
翠星石はその場に立ちつくし、雛苺は泣き出してしまった。
めぐはいっそう、オディールに寄り添うと「つらかったんだね、大変だったんだね」と髪を撫で続け、ついにオディールを抱きしめた。
その内容とは。
オディールの祖母、コリンヌはフォッセー家が破産してから、良くある成り行きとして娼街へと売り飛ばされてしまった。
やがてコリンヌは一人の女の子を産み落とし、それか元で死んでしまった。
その女の子は生まれたときから娼婦として生きる宿命を背負わされた。
肉欲、そしてそこから生まれる歪んだ愛情と性技に翻弄されたその少女は、若くしてまた一人の女の子を産み落として、そのまま狂ってしまい、隔離病棟に消えた。
オディールと名付けられた女の子は、母親が買い取られるときに支払われた膨大な債務を補うべく、特別な娼婦に仕立て上げられた。
それは、まったく特別な娼婦であった。
つまり、生まれてすぐにその両腕、そして足はひざから先を外科手術で切り取られ、胴体と頭、太もも……そして性器だけのまさに肉欲人形として、しつらえられることであった。
祖母から受け継いだそのたぐいまれなる美貌と、美しいも幼い曲線を描くそのどこまでも透き通るように白い肢体に、倒錯趣味を持った男達は夢中になった。
とはいっても、未成熟の性器が男を受け入れられるものではない。
あくまでも、そのすらりとした太ももの間で挟んだり、その小さな口で舐めたり、あるいは男の舌とまさぐる黒い手によって、男自身がその手で達するのがルールだった。もちろん、乱暴に扱うことは許されていない。
もしそれを犯そうものなら、強面の男達によってオディールに近い肉体へと墜とされてしまう。最も、そんな無粋を働くものは誰一人いなかったし、裕福でなければ客になることはできなかったので、短絡的暴力に走るものは誰一人としていなかった。
その人気に、オディールは自由以外は全てのものを手に入れることができた。
身の回りの世話や食事はすべて、専属の世話役が受け持った。
その果実が熟れる頃までに、それが競売にかけられ、最後には娼街ではまず考えられない価格になり、落札された。
その惨い境遇に耐えるために、すっかり世間の常識からするとやさぐれてしまったオディールは、破瓜の晩を迎える相手に興味があった。
どんな男にせよ、このわたしの秘所の扉を開けられるとは、運のいい男ね……。
これからは、お姉様達のように、あのひょろ長い妙な「できもの」を受け入れて、声を立てることになるのね。
そして、びっこをひきながら、その男が現れた。
金髪の物憂げな瞳の整った容姿。この娼館にはおよそ似つかわしくない、と思った。
でも、男は男。替わりはないわ。
「あんたがわたしの初めてね。ほら、こんな体のわたしだけど、ここはまっさら新しいわよ。それで、どんな風にするの？ プッ。ウフフフ」
いつものように相手を茶化すオディール。
この方が客も喜ぶし、オディールも正直、そういう気分だった。
ゆっくりと、びっこの男はオディールが横たわる、妙に悪趣味なまでに装飾の限りを尽くされたベッドに近寄ると、いきなりオディールの横っ面を軽くはたいた。
叩かれたことの無かったオディールは、突然のことに涙を流した。そしてゴテゴテに飾られた顔のメイクが、それで崩れて。
「つまらん」
そう言うなり、男は白いナプキンでごくていねいに、それでいて稲妻のごとき素早さでメイクを拭き取った。あっという間に素顔に戻るオディール。
「え……こんな」
そして、どこかから取り出したのか、大きな白いシーツを広げると、素早く全裸のオディールの体を包んで、そのまま抱きかかえると、部屋から出ようとした。
「な、何をするのよ？ そんなことしたら、アンタ、大変な目に遭うわよ」
「大丈夫」
男は、ぶっきらぼうにいうと、オディールを抱えたまま階段を下り、待合室に降り立った。そこでは、娼館の女主人が二人を遮った。
「ちょっとお客さん、何をするんだえ？ オディールをどうするつもり？ ちょっと。みんな出番だよ」
わらわらと、用心棒が出てきた。それは片眼だったり、体のどこかが不自由だったり、酷い面構えの男ばかり……でも、獣の掟は知り尽くしている連中だった。
「お客さん。いや、てめえ。とっととうちの娘を放せってんだ」
「ふん」
男はオディールを片手で抱えたまま、もう片手を高く上げ、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間。
娼館の女主人と、用心棒達はそのまま、その場で動かない、ただの人形になってしまった。
「ち、ちょっとこれ何？ わたしをどうするつもり？ イヤよ。離して！」
不可思議な現象にオディールは悲鳴を上げた。そんな彼女の目をジッ、と覗き込むと、男は優しい目になり、ゆっくりとオディールの髪を撫でた。すると、オディールの恐怖に包まれた心は不思議とすっ、と収まった。男は名乗った。
「心配する事はない。わたしはローゼン。しがない人形師さ」
それからオディールは、ローゼンの工房に連れて行かれた。
そして、巧妙に形作られた手と足を与えられた。
手は、ローゼンが数え切れないほどの、実際の人体の解剖の中から得た知見により、かろうじて退化しつつあった神経束を繋がれ、動くように。
太股が残されていたのは、元は性的行為を果たせる為だけの目的であったが、それが僥倖となって、それがない状態よりも歩くことをたやすくさせた。
もちろん、それらを使いこなせるようになるまでは、文字通り血のにじむようなローゼンの厳しいレッスンと、オディールの生来の根強い根気と意志の力が必要だった。
「これは……もう君のものだ。君はこの新しい手足のおかげで、もう自由だ。さて、君には、ある時代にこれから行ってもらう。君を必要とする娘が……いる」
「えっ！？」
せっかく自分を助けてくれた白馬の王子様なのに。
ごく短い間のローゼンとの暮らしの中、ローゼンの心の治療、そしてレッスンもあって、自分の祖母から脈々と受け継いだ気品と、心を取り戻していた。
結果、オディールはローゼンに、ただならぬ恋心を抱いていた。
できれば、このままいっしょにいたかった。でも、気が付くと、もうローゼンは居なかった。
そして、代わりにタキシードに身を包み、顔だけウサギの男が立っていた。
「さぁ、参りましょう。次の舞台へ」
こうして、いろいろなことを経てから、オディールは桜田家を訪問したのだ。
そして暗転。
結果、ここにオディールがいる。
ただし、手足はうまく動かなくなっていた。
また、なぜ、指輪を手に入れていたか、雛苺にこだわったか等の詳細については、オディールも記憶を喪失していた。
長い沈黙が、ダイニングとキッチンを支配していた。
それを打ち破ったのは、水銀燈だった。
「ふん。何よそのくらい。わたしだって、その程度の苦労はしているわぁ。とにかく、昔のことなんて忘れて、今を楽しむことね。ほら、ケーキだってちゃんとあるし、温かいスープも、美味しいパンだって、ローストチキンだって。さぁ、とっととクリスマスパーティ始めるわよぉ」
そう言いながらも、水銀燈はある事柄に確信を持った。
なぜ、世捨て人のお父様がオディールを助け出したのか。その理由がハッキリした。
「そうよ。オディール。昔のことなんて忘れた忘れた。それじゃ今からすぐ用意するから待っててね」
めぐが意識して明るくオディールに言うと、立ち上がった。
でも、やはりショックだったらしく、スンスン、と鼻を涙で鳴らしていた。
「あ、わたしも……てつだ……」
すると、すい、とオディールが立ち上がった。
「え？ え？ 動く。わたしの手が。そして足が。わたし、わたし。体が元に戻って！」
嬉しいやら、びっくりするわで戸惑うオディール。
それを見て、白崎は言った。
「ふう。これでようやく一区切りつきましたな。これで……次の幕が開けられるというもの」
ぼそりとした独り言だったが、真紅は聞き逃さなかった。
「やっぱり。あなたが一枚かんでいたのね」
「とんでもない奴ですう」
「ひどいのー」
そして、白崎はボロボロにされた。そのまま、白崎は
「あ、僕、エンジュ先生のところに帰らなくっちゃ。ひーっ」
スタコラと逃げ出した。
「……覚えてらっしゃい。後で、キッチリ帳尻は合わせるわ」
真紅はつぶやいた。
それから、真紅も翠星石もオディールに対するわだかまりをきっぱりと捨て、できあがった料理と共に、クリスマスイヴを水銀燈、めぐ、雛苺、そしてオディールと共に楽しんだ。
オディールは心から思った。
（ああ、神様。ありがとう。勇気を出して打ち明けて良かった。この幸せがいつまでも続きますように）
気がつけば、外は雪が降り始めていた。
ホワイトクリスマスであった。
おわり
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