さて、ここは人間の体になった薔薇乙女たちのアパート。
クリスマスから正月までの短い年末。
大掃除に入っていた。
ここで、アパートの構造について説明しよう。
横長の平屋建てで、構造は鉄骨ＡＬＣ造。部屋は１０室。
ＡＬＣ板は２００ｍｍの分厚いものが屋根、壁、そして床にしっかりと重量鉄骨に固定されてあったので、構造は頑強だ。ご丁寧に、基礎も免震構造になっている。
部屋は５室に分けて固まりになっていて、それをぐるりと廊下が囲んでいる。
部屋と部屋の間にもＡＬＣ板がはめ込まれ、防音が考慮されているので、隣室の音はよほど大声でも出さない限り、ほとんど聞こえてこない。
遮音性と、隣室の住民の存在感を同時に感じさせる巧みな構造であった。
一部屋の有効居住スペースは１０畳くらい。
床暖房付きのちょっと贅沢なグレードのフローリングになっている。クローゼットと収納壁。
加えて、各部屋に個人用のトイレ付きユニットバスと、小さな台所と洗面、洗濯機パンなどの水回りスペースが備わってる。
アパートは横に長く、５室と５室の固まりの間に空間があって、そこが談話スペースになっている。
談話スペースから南側に間取りが広がって、カウンターがあり、その中がオープンキッチンになっている。
キッチンより南側には、ダイニング兼居間が広がり、大きなガラス窓から手入れされた１００坪ほどの庭が広がっている。
お風呂と共同トイレは廊下を挟んで北側。お風呂はたっぷりと、１０人同時に入れる広さで、トイレはハンデキャップ対応の広く立派なもので４つ。
北側の廊下の末端、西側に玄関がある。
各部屋をぐるりと廊下が取り囲んでいるので、外の騒音も、冬の寒さも、夏の熱気も直接入ってくることはない。
それぞれの部屋の南の廊下に面した壁には、掃き出し窓が付いていて、廊下越しに降り注ぐ南の陽光をたっぷりと取り入れられるようになっている。
廊下の窓はすべて断熱防音サッシ。
また、最近の建築基準に合わせて断熱強制換気工法を取っていたので、四季を通じて冷熱費はあまりかからないようになっていた。
もちろん、自動火災報知機、夜間自動監視、スプリンクラーまで設置されていて、セキュリティも万全であった。
けれども、内装部材はグレードが高いけれども質素なものばかりが使われていたので、一見すると普通のアパートであった。
そんな質素ながらも贅沢な造りのアパートの外窓を、ガラスクリーナーと雑巾で拭きながら、翠星石が言った。
「真紅ぅー。あんたもとっとと大掃除を手伝いやがれ、ですぅ」
入居したてなので、あまり大掃除するところもなかったが、とりあえず一年の締めくくりということで、窓ふき、廊下磨き、台所の清掃、トイレ・風呂の清掃、庭の手入れ、加えて各人の部屋の清掃と、一通り済ませようとみんなで決めたのだ。
「うん……。でもわたし、なんか気分が優れないのだわ」
暗い表情をして真紅が答えた。
あ、また真紅のゆううつが始まったようですぅ……と、翠星石は思った。
「そうなのですか。じゃ、無理しないで休んでいるですぅ」
無理強いはしない。それがいちばんの薬だった。
そこへ、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「はいなのー」
ちっちゃいので、できる仕事もなく、やる気だけは満々なのに手持ちぶさたの雛苺が（これなら、ヒナでもできるよ）とばかりに、嬉しそうに答えた。
トコトコトコと、あわてて玄関に駈けていく。
「あ、ヒナちゃん。危ないわ」
廊下を掃除していたオディールがあわてて付いていく。
玄関扉の強化ガラス越しに、来客の姿を見た雛苺は驚いた。
「と、巴……」
訪問してきたのは、ジュン、巴、そして珠理だった。
三人で大きな衣装箱をたくさん抱えてきた。
「これ、どうかな、と思って」
玄関の廊下に山積みになった衣装箱をさして、ジュンが言った。
雛苺は、不思議そうに別人なのだけれども、まさに知っている巴がそのまま大人になった巴、をじっ、と見ていた。
「あなたが雛苺ね。ふうん」
巴はしゃがみ込むと、雛苺と同じ目の高さになる。
たまらず、雛苺は飛びついた。
「トゥモェー！」
「あらあら」
あっという間に仲良しになるふたり。世界は違っても、つながりは同じようだ。
それを、珠理はちょっと不満そうにチラリと見ると、プイ、と横を向いた。
でも、オディールは別段、特に感情をあらわにすることはなかった。
いつの間にか、他の薔薇乙女たちと、めぐも集まってきた。
「この前はおじゃましましたー。で、これは一体なんですか？」
めぐが聞いた。
「まずは開けてみて……くれないかな」
ちょっぴり照れくさそうにジュンが言った。
めぐがそれに従うと、玄関はとたんに華やいだ乙女たちの歓声で賑わった。
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