そして元旦。
このあたりの鎮守様である小さな神社に、近隣の人々が集まってきた。
初詣である。
やがて、あたりがザワザワ、と騒がしくなる。
それは、華やかな振り袖を見事に着こなした、おしとやかに現れた八人の乙女と一人の少女の登場によるものだった。
水銀燈は黒地に白の羽模様、翠星石は緑の地に咲き誇る花、オディールは薄黄色の地に百合の花、めぐは白地に梅の花。
そして水晶は紫の地に水晶を紋様化したもの、蒼星石は牡丹文様絣柄、珠理は赤の華菱取り。
これらは珠理の父、ジュンの作品だ。まったく隙のない緻密かつ大胆な仕立てが、乙女たちの美しさをさらに引き立て、神社の中にいくつもの花が、突然咲き誇ったかのようであった。
そして……真紅は落ち着いた朱色の地に、紅薔薇が見事に咲き誇っていた。
雛苺は薄い桃色地に蔓苺が鮮やかに映えていた。
そう。これは真紅のミーディアムであるあちらのジュンが巴とのりに見守られながら夜なべで仕上げたもの、そのものだった。
パルファムが、こちらの世界とあちらの世界を結ぶ、特別な通り道を使って運んできてくれたのだ。その通り道については、いずれ説明しよう。
みんなで順番にお参りをする。
それぞれがお互いの思いを念じる。
真紅は思っていた。
（この振り袖。ジュンが縫ってくれたものだわ。わたしにはわかる。他の子たちのよりも稚拙だけど、精一杯縫ってくれたのがわかるわ。ジュン。あちらの世界で元気でやっているのね。安心したわ。わたしも……いつまでも落ち込んでいなくて、頑張らなくては。そう。そろそろ動き出そう。そして、いつかきっと……）
雛苺も思う。
（神様、ジュンのきれいなおべべ、ありがとう、なの。それに、このおべべからは巴の気持ちが伝わってくる……そう。きっと巴とジュンが仲良くいっしょに作ってくれたのね。良かった。巴、ジュンと仲良くしてね。ヒナも、頑張るから）
雛苺の振り袖だけは、途中で巴も針を通している。遠く離れてしまった雛苺への想いを込めながら。
水銀燈も、翠星石も蒼星石も、めぐとオディール、水晶と珠理、そしてエンジュもこちらの世界のジュンと巴も、それぞれに想いがあった。
そして、白崎も。正直、何を考えているのかわからないところがあったが、白崎ですら、苦悩を抱えている様子だった。
こうして、新しい年が明けてゆくのであった。
さて。
初詣でを終えた後、蒼星石は少しもじもじしながら、翠星石の元に歩み寄った。
「翠星石、いや、姉さん。君もこの世界にやってきたんだね。久しぶり」
口調はクールながらも、久しぶりの姉との再会に興奮を隠しきれない蒼星石。
だが。
「は？ アンタは誰？ わたし（翠星石）には、弟なんていないですよ。きっとどこかのコンコンチキと勘違いしているんですぅ」
翠星石の態度は、いつもの姉と違っていた。
いつも世話焼きで、いつもそばにいて、いつも自分をかばってくれた姉さん。
しかし、今の翠星石はどこか妙だった。
不機嫌そうに顔をしかめて……ああ、ぼくがあまりにも勝手な行動を取りすぎたものだから、翠星石は怒ってしまったのだろうか？ 蒼星石は思った。
けれども、たいてい、蒼星石はその後、「なーんちゃって。冗談ですよ蒼星石。ちょっと最近アンタは姉の言うことを聞かないから、ちょっと意地悪してやったのですよ」と、破顔一笑、自分を受け入れてくれたものだった。
蒼星石はいつも期待というものをしたがらない性格だったが、この時ばかりは久しぶりの姉妹の出会いだから、ついそうなることを期待してしまった。
それに対する翠星石の回答はこうだった。
「さ、とっとと帰るですよ。どこの馬の骨だか知らないけど、変な奴に絡まれたですぅ。新年早々、ロクなことがねーですう。早く帰っておせち料理でも食べるですよ」
まったく蒼星石のことは無視して、くるりと後ろを向くと、神社の参拝道に敷かれた玉砂利の上をスタスタと、出口にあたる鳥居に向かって歩き出した。
「蒼星石……」
水晶がその様子を見て、肩に手をかけ、慰めようとした。その水晶の肩に、さらに槐が軽く手を添えて引き留めた。振り向く水晶に、無言で首を振る槐。
悟ったように、水晶はそのまま黙りこくってしまった。
ただ、雛苺だけは納得できない様子で、「えー？ どうして翠星石、蒼星石だよ？ あんなに仲が良かったのに、どうして？」翠星石の振り袖の袖を引っ張る。
雛苺は、みんなが仲良くするのが一番好きだったから。
「うるさいわね。お黙り。このお間抜け苺」
翠星石はピシャリと言い放った。
そのまま、その場に立ちつくすと、黙りこくってしまう雛苺。
そんな雛苺に真紅はしゃがんで雛苺の視点の高さになると、優しく話しかけた。
「雛苺。いまはちょっと翠星石の機嫌が悪いだけなのよ。このことは、そうね、そのうちわたしが何とかするわ。だから、乙女として醜態をさらしては駄目よ」
ベソをかきかけた雛苺は、それでなんとか機嫌を直した。
「うん。わかったの」
真紅は思った。
（それにしても。人間の身体ってこうも背の高さに差があるとは。不便なものね。
それはともかく……これで大体ハッキリしたわ。まず初めに、わたしがこの世界でやらなくてはならないことも。）
|
