再び、元の世界のジュン。
とっぷりと夜が更けて、もう深夜一時だった。
もちろん、今までの遅れを取り戻すべく、勉強に励んでいたのだが、さすがに飽きてきて、一息入れようとネットサーフィンを楽しんでいた。
思いついたことを単語にして、検索エンジンにかける。
すると、あるサイトに辿り着いた。
「え？ ふーん……そんなこともあったんだ」
思わず独り言が出てしまう。
その内容はこうだった。
世界的に規制と禁止が広がっている少女売春において、そもそも自我も芽生えておらず、精神年齢も相応に低い少女を売春に供するためには、少女をコントロールするために麻薬が用いられるケースが後を絶たない。
その方法は静脈注射によるものがほとんどであった。しかし、一部の高級少女娼婦においては副作用が出にくいモルヒネカクテルを少女に飲用させて、明らかな人格崩壊を起こさない程度の、ごく軽い習慣性を与え、その禁断症状を利用して客を取らせると同時に、そこから生じる精神的苦痛を取り除いて……。
といったものだった。
「こんな風にされてしまったら、たまったものじゃないな。まったく、大人って考えることが……ふぁーあ。何か嫌な話を見てしまった。寝よう」
そうしてジュンは床についた。明日も学校だ。
が、実はジュンの読んだこの話こそが、オディールの過去にあった出来事そのものだったのだ。
前にも述べたように、オディールは娼館で生まれつき両腕と足の膝から先を切断され、倒錯した性趣味の対象として特別に高価な性人形として、売られていた過去を持つ。
注意深く切断されたとはいえ、やはり無惨に切り取られた傷の跡は疼き、時として耐え難いほどの疼痛を呼ぶことは避けられなかった。
そのため、痛みを和らげるために赤い、例のたっぷり甘くしたモルヒネ入りカクテルを与えられていたオディール。
一般に体に害を及ぼす恐れのあるものは他に例えようもなく美味であることが少なくない。オディールに手術を施した闇医者は、幼いオディールが虜になるような、とびきり美味の特製モルヒネカクテルを調合していた。
加えて、カクテルに含まれるモルヒネにはある程度の習慣性があり、わざとカクテルを与えないことによって、軽い禁断症状を与えることもできた。
それは愚図って、いうことを聞かなくなったオディールをしつけるのには一番の鞭でもあったのだ。
そして、服従した後に与えられるカクテルはまさに最高の甘く魅惑的な飴、そのものであった。
もちろん、ローゼンにかくまわれていた時の治療で、オディールも今では習慣性から脱却できている。
しかし、過去に一度覚えた禁断の果実の味は、忘れようとしても忘れられるものではなかったのだ……。
雪華綺晶はそのことを知っていて、オディールにそのカクテルを再現して与えようとしたのだ。他心はなかった。まさに、マスターの興味を引くためだけに。
それは、以前の昆虫的とでもいうべきか、ただ養分を求めるだけの単純な習性からは考えられないことであった。
明らかに、雪華綺晶も他のドール達と同じように、意識生命体としての「成長」を開始したのであった。
そしてジュンは翌朝、起きて学校に行き、何となしに一日を終えると、帰宅した。
そういえば今日は、後で部活の終わった巴が、家庭教師に来てくれる日だった。
「ただいまー。あれ？」
みると、玄関に女性の靴が。
（お客さんかなぁ）
そう思って靴を脱ぐと、スリッパを履き、自分の部屋へ上がろうとした。
そこへ。
「あら、ジュン君お帰り。お客さんが来ているわよ」
「え、ぼくに？」
「さ、早く手を洗ってらっしゃい」
「へぇい」
思春期の少年らしく、ちょっとヒネた返事。
けれども、引きこもりというブランクから抜け出し、再び成長を始めたジュンは、姉のことを一人の人格として認知し始め、少し尊敬を抱いているので、のりの言う通り手を洗う。
それから、広い居間兼応接室に入る。
そこには。
「お久しぶり。ジュンジュン」
「おひさしぶりかしらー」
草笛みつと、金糸雀がいた。
この回おわり
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