わたしの背中で、ランドセルがカチャカチャと忙しく音を立てている。
「ああ、遅刻しちゃう」
きのうの夜、ついつい夢中になって本を読みふけってしまった罰だ。
寝坊。そしてあわてて朝の支度。さすがに、お父様と蒼星石が手伝ってくれたので、難なくことなきを得たけど。
それでも、心に引っかかる後悔と反省……目いっぱい走らないと、学校に遅れる。
そんな時間になってしまった。
背中のランドセルにくくりつけられた、延寿で出来たコノハズクのマスコットも、きっとせわしなく揺れているだろう……ごめんね。
わたしは、そのマスコット、呼び名はコノちゃん、に心の中で謝った。
このコノちゃんには、いろいろな思い出や、想いがぎっしりと詰まっている。
とても大切なものだけど、コノちゃんのお話は、またそのうちに。
「どうか、コノちゃん。学校に間に合いますように」
狭い一方通行の路地の住宅街を抜け、広い県道に出た。
あと少し走れば、文教地区の学校通りに出る。
せわしなく朝の通勤車が往来するその道の脇の歩道を通り、信号をちゃんと待つ。
左右を確認してから横断歩道を渡る。通りに出る。
もう、小学生の姿はない。中学生の姿が、チラホラと見られるくらい。
やがて中学校の校門か見えてきた。
そして、次に小学校の校門が。
わたしは、そこを通り過ぎると、その先にある大学の通用門の前の三叉路を、大学とは反対の方向に曲がった。
そして目的地。
「ま、間にあったぁ」
わたしは、肩で息をしなからも、ホーッ、と安堵の息を伸ばして、深呼吸をした。
さあ、今日は学校の日だ。
今日は、わたしが先生になる日だ。
最近はだんだん慣れてきたけど、やっぱりまだドキドキする。
中学生程度の数学を、生徒の子達とまぁるいテーブルを囲んで勉強するのだ。
「今日は、三角関数を勉強しましょう。解らないことがあったら、すぐに聞いてね」
「はぁい」
「うん」
「……」
反応はいろいろ。生徒に回る子達も、本当に中学生の子から、高校生くらいの子、それに小学高学年くらいの子と、これもいろいろ。
わたしは、かすかな緊張と共に授業を始めた。
これを読んでいるみんなは、変わった学校……？、いや、学校ってそんなものじゃない、と思うかしら？
これには理由がある。
わたしと、この子達が通っているこの学校は、もともとこの地区の公民館だったところで、今は自由学校と呼ばれている。
ここには、いろいろな事情で普通の修学コースから外れてしまった子達が通ってきている。
理由はいろいろ。
あまりにも勉強が出来すぎて、飛び級クラスの子もいれば、家庭の事情で普通の学校に来られない子。勉強に追いつけなかった子。そして、中にはこんな娘も。
「あふぅ……きのうの深夜のテレビ出演がキツくて、ほとんど寝てないの。ミキ、寝てていいかな？ 大丈夫。授業は寝ながら聞くから」
わたしは、正直、ムッとした。
この子は名前は星井美希。
元は中学生だったけど、アイドルを始めてからはちゃんと普通の中学校に行けなくなって必要な授業時間が稼げないので、この学校にやってきたそうだ。
頭脳明晰だけど、いたってマイペースだ。
「どうぞ。それじゃ、始めるわ」
わたしは、無視して授業を始めた。
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