そして……。
わたしはまばゆい光の中で、呆然となっていた。
「それじゃ、カメリハ行きます」
遠くから、若い人の声が聞こえる。なんでもＡＤという人なんだそうだ。
つい、気が遠くなりそうになる。緊張と興奮。戸惑いと火照り。全てがわたしを包み込んでいた。
「あ、スイちゃん大丈夫？ でもへーき。あれだけレッスンしたんだもんね。もしキツかったら、ミキ達に付いてきてくれれば、それでいいから。ねっ」
わたしを気遣うかのように、美希、いや、美希ちゃんが小声で励ましてくれる。
ここは、テレビのスタジオ。
わたしは、テレビに出演することになってしまった。
経緯については、今は大変な状態なので説明することはできないけど、とにかく、わたしはアイドルとして、同じ学校の星井美希、天海春香と共にトリオでステージに立っている。
「それじゃ、行きますよっ。元気出していきましょう」
そんな動揺しているわたしを励ますように、春香ちゃんが声を掛けてくれた。
そうね。落ち着かなくっちゃ。
わたしは、すぅ、と息を吸い込んで、意識を集中させた。
曲の伴奏が流れ始めた。
「はい、スタート」
ダンスを始める。
わたしは、頭の中で何度も振り付け、歌詞を反芻していた。
だけど、そうすればするほど、頭がぼーっとしてきて、落ち着かなくなってくる。
初めのうちはみんなについて行けたけど、そのうちにすぽっ、と頭の中から歌詞も振り付けもなくなって……わたしは、途中で立ちつくしてしまった。
「ダメダメ。そこのパープルの娘！ 動き硬いよ」
ＡＤさんの叱咤の声が飛ぶ。
「大丈夫？」
「しっかり。水晶ちゃん！」
二人が心配そうに声をかけてくる。
わたしは、居たたまれなくて、逃げるようにスタジオを飛び出した。
「あ、塊さん！待って」
そんなわたしの後ろから、わたしのプロデューサーさんの声がした。
でも止まらない。
わたしはあわててトイレを見つけると、その中に逃げ込んだ。
個室の中で、わたしはまるで喉にせり上がってくる程の心臓の鼓動に耐えきれなくなっていた。ダメだ。やっぱりわたしには……こんなこと。
「あーあ、だらしないわね。水晶。それじゃエンジュドールの名折れだわ」
そんな時、突然、個室の外から声が。
「ほら、出てきなさいよ、水晶。あなた、アリスゲームにだって勝ったんでしょう？ それに比べたら、テレビの歌番組なんて、チョロイものよ」
声にうながされて恐る恐る出てみると、そこには、あのきれいな大きな黒目と、ストレートの黒髪のあの女の子が立っていた。（第一話「その後の薔薇水晶」ご参照下さい）
「ふぅん。意外と肝っ玉小さいんだ……といっても、確かにテレビ初出演じゃしかたないでしょうねぇ」
その子は、ちょっと生意気そうに微笑んだ。
「あなた……は？」
「初め、いえ、もう何回目かしら？ わたし、珠理。よろしくね」
わたしが言うか言わないかのうちに、握手してくると、名を名乗った。
「珠理……さん？ わたし、水晶。塊 水晶。よろしく」
珠理の手は、きつい言葉つきのわりには、柔らかく、暖かかった。
でも、どこか少し変。そう思った。
それに、なぜわたしが元エンジュドールだと知っているのだろうと、わたしが考える暇を与えずに、珠理は、はっきりと言った。
「どう？ 水晶。思い切って薔薇水晶になって歌ってみたら？ どっちみち、付け焼き刃なんだし、ドールの姿なら、あなたは万能だわ」
「え！？ 薔薇水晶に？ でも、それは……」
お父様から禁じられている。
滅多なことがない限り、いや、それこそ命の危険でもない限り、絶対にその力を使うな、と。衆目にその力をさらしたら、大変なことになる、と。
「いいからいいから。どうせ、歌番組だし、今は奇抜な衣装が流行。薔薇水晶のドレスくらい、珍しくも何ともないわよ。現に、今のあなたの衣装だって、結構派手でしょ」
わたしは、しみじみと自分に着せられたステージ衣装を見た。
確かに、薔薇水晶のドレスと大して変わらないくらい、派手だ。
「どうするの？ もう本番は近いわ。みんなに迷惑かけられないでしょ？ それに……たかが歌番組相手に逃げ出したとあっては、ドールとして名折れだわ」
迷っているわたしに、挑発的な珠理。
「わかったわ」
わたしは、胸のローザミィスティカをしっかり握りしめ、薔薇水晶になれるよう祈った。
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