「どうもすみません。皆さん。もう、大丈夫です」
わたしはあわててスタジオに戻ると、すぅ、と息を思いっきり吸い込んでから、なるべく大きな声で謝った。
プロデューサーさんが駆け寄ってくる。
「塊さん、大丈夫か？ やはり、無理ならあの二人だけでも何とか」
「いえ、もう大丈夫です。それより、このコスチュームで歌わせてください」
わたしは、薔薇水晶の姿をプロデューサーさんに見せた。
「あれ？ そんな衣装、どこで……？」
ちょっと恥ずかしいけど、スカートの裾は少し上げた。これで、美希ちゃんや春香ちゃんとそう変わらない。
ただ、この姿をテレビでお父様が見たら……。
プロデューサーさんは迷っているようだ。だけど。
「いいよ、ＯＫ。その衣装、バッチリだよ。スイちゃん。吹っ切れたみたいだね。やる気マンマンって感じ。よぉし、それじゃ、行ってみよー！」
「はいっ。水晶ちゃん、その格好、すてきです。うう、なんだかわたしも負けてはいられないですぅ。一緒に頑張りましょう！」
美希ちゃんと春香ちゃんが、ちょうど空いたステージに積極的に駆け上がると、わたしに声をかけ、手を差し伸べてきた。
「はい」
わたしも、元気よくステージに上がった。
……後は勢いだ。わたしは、心に堅く言い聞かせた。
「ああっ。でも……よし。美希、春香。それに水晶……あ、塊さんか。いや、いいや。水晶。張り切って行け」
プロデューサーさんがＧＯを出した。
それに呼応して、ＡＤさんがカメリハのキューを出した。
美希ちゃん、それに春香ちゃんと一緒に無心で踊り、歌うわたし。そして。
「はい！ ＯＫ！ 最高！ その調子で本番、頼みます！！」
ＯＫが出た。
番組が始まった。
生放送の歌番組だ。
出番が来るまで、司会席の脇にある、ひな壇になっている席に座っている。
最前列。美希ちゃん、春香ちゃんと並んで。
いろいろなコントや、他の娘たちの歌で進行していく。
「スイちゃん、ほらカメラくるよ」
時々、美希ちゃんが自分にカメラが向けられるのを小声で教えてくれる。
わたしは、あえてエンジュドールの誇りを持って、凛とした表情のままだ。
でも、美希ちゃんや春香ちゃんはニコリ、と微笑む。
そんな様子を見て、少し困ったようなプロデューサーさん。
でも、ありのままの自分を出すことが今は大事だと思った。たとえ、それが間違っていたとしても。
「それでは次は……」
良くテレビで顔を見る、中年過ぎの司会の人がわたしたちを紹介した。
「今日は、雪歩ちゃんに変わって助っ人登場です」
そして、わたしが紹介された。
そもそも、本来なら春香ちゃん、美希ちゃん、それに萩原雪歩という子が３人でユニットを組んでいるけど、たまたま雪歩ちゃんの家庭の事情でこの番組に出演できなくなり、穴が空いてしまいそうになった。
そこで、イメージが何となく似ているという理由で、わたしに白羽の矢が立ち、わたしはここにいる……ただ、もっとややこしい経緯があったんだけど。
わたしは、いつもの調子で自己紹介。
「塊 水晶です。よろしく」
心は落ち着いている。しかし、その妙に落ち着き払ったわたしの態度が、一瞬スタジオに違和感を与えたが、それが逆に司会の人に気に入られて、ひと言ふたこと、自己紹介もかねて言葉のやりとりが弾み、スタジオの雰囲気は戻った。さすが、司会のプロだ。
「それでは、ステージに……」
うながされて、準備の整ったステージに案内される。
さぁ、いよいよ本番だ。
ミステリアスな曲だった。
恋をした少女が相手を想い、あこがれの少年といつまでも一緒にいられるように強く願う。
そこにつけ込んだのが悪い魔法使い。
呪いの魔法の力で人形の姿になり、少女の望みは叶う。。
その魔法を解いてもらうには、その少年のキスが必要なんだけど、喋ることのできない人形はそれを伝えられず、その願いは届かない。
嘆き悲しみつつも、いつかは……と、少年のそばに居続けられる満足、希望と期待、そして不安と恐怖を歌った歌。
イントロが始まり、ダンスを始めた。
わずかばかりのレッスンしか受けていないけど、美希ちゃんや春香ちゃんのリードで踊るようになっている。
今のわたしは薔薇水晶。
だから反射神経、それに運動神経に動体視力は完璧だ。
難なくリズムに乗り、美希ちゃんと春香ちゃんの一挙一動を素早く読み取り、倣う。
歌い始める。
歌詞の内容は先に紹介したとおり。
わたしにとって、ドンピシャリとまでは行かないものの、少なからず身につまされる内容だけあって、歌題になっている少女の気持ちがひしひしと歌詞を通して伝わってくるのを感じた。
わたしがかつてドールだった頃の、お父様に対する倒錯した愛情と想い。
そして、その中で少なからず感じていた不安と閉塞感と恐怖。
気がつくと、トリオのコーラスはわたしが主導権を握っていた。
と、同時に感じる背筋から腕、頭にかけて突き抜ける痺れと軽い、のぼせ？感。
体の動きも、薔薇水晶としての機敏な動きで、自然に踊り出していた。
ファーストコーラスを歌い終えて、間奏が入り、そして中ソロ。
美希ちゃん、春香ちゃん、そしてわたしの順番でソロをこなしていく。
わたしのソロの歌詞は、少女が閉じこめられた想いを内に溜め込んだまま、嘆き悲しむ内容だった。夢中になって歌った。
いつしか、わたしの頬に暖かい何かが流れているのを感じた。
そして一気にセカンドコーラスへと突入。
瞬間、美希ちゃんと春香ちゃんの放つ「気」がわっ、とわたしに押し寄せてきた。
二人とも、「本気」になったようだ。
わたしに負けじと、アイドルとしての意地を賭けて全開状態。
こうなったら、わたしも応じなければ礼儀知らずというものだ。気合いを込める。
そして、三人は一体となり、一気に曲のラストまで突っ走った。
歌い終わると、スタジオはしん、と静まりかえっていた。
心地よい間。
次いで、押し寄せるように拍手が、わたしたちを包み込んだ。
美希ちゃんや春香ちゃんは大きなリアクションで歓声に応える。
わたしは……
「ほら、スイちゃん。あなたも何かリアクション。アクションだよ」
美希ちゃんに促される。
「そうですよ。大成功です。わたしも久々に……燃えましたっ！！ みんなに応えましょう」
「え、えーと」
でも、わたし、そんなリアクションなんて。そうだ！
わたしは水晶の剣をスラリと抜くと、ふわっ、と宙返りして剣の舞を披露した。
次の瞬間、また、スタジオが沈黙に包まれた……しまった？
だけど、それは再び押し寄せる大きな拍手に変わった。ほっ。
ステージを降りると、美希ちゃん、春香ちゃん、そしてわたしの三人で抱き合って、キャーキャー言いながら、何度もピョンピョン跳び上がった。
「お疲れ！ お疲れ様。最高だったよ」
プロデューサーさんも駆け寄ってきた。
「どうでした？ プロデューサーさん？」
春香ちゃんが訪ねる。
「ああ！ すばらしい出来だったよ。今、制作さんが瞬間視聴率を取りに行った。かなり、これは期待できるぞ」
「やったあ！ 瞬間視聴率を取りに行ったということは……相当期待できそうなかんじかな」
美希ちゃんがにこりと笑って応えた。
結果、瞬間視聴率は２０％の大台に乗ったそうだ。
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