あら？ また誰か別のおしゃべりさんが乱入してきたようね。
ともかく。その頃、家でお父様は、この日のためにわざわざ購入した、６５インチの大型テレビの前で、感涙にむせっていたらしい。
もちろん、一人きりで。
みんなをリビングから閉め出して。
それからあっという間に番組が終了して、まだ火照る心と体を抱えたまま、控え室で休憩を取っていると、美希ちゃんがドリンクを持ってきてくれた。
「はい。これ、わたし特製のキャラメルマキアートだよ。とっても美味しいんだから」
「ありがとう」
わたしは受け取ると、そのキャラメル味といろいろな味が混ざったシェイクを一気にストローで吸い飲み尽くした。
「ふーっ。おいしい」
「でしょ？」
美希ちゃんがうれしそうにうなずく。
「今日は、ほんとお疲れ様でした。わたしも、一時はどうなることかと思いましたぁ」
春香ちゃんもねぎらいの言葉をかけてきた。
わたしはそれに応じて「お疲れ様です」と返す。
心地よい達成感が体を包み込む。
だけど……そう。もしあの子の言うとおりにしていなかったら……。
そう。あの子、珠理ちゃん、って言ったっけ。
わたしが薔薇水晶になったのを見届けると、ぽん、とわたしの背中をたたいて、
「それじゃ、頑張ってね。エンジュドールっ」と送り出してくれた。
そして、すぐに姿を消してしまった。
一体、あの子は？
それから美希ちゃんや春香ちゃんに、カラオケ打ち上げパーティ行こう、って誘われたけど、断っちゃった。ごめんね。門限があるの。
プロデューサーさんにタクシー、そして新幹線、そしてまたタクシーで家に送ってもらうと、ちょっと不機嫌なお父様。
わたしが戸惑っていると、白崎さんが、
「先生は照れているんですよ。本当は、いちばん今夜の成功を喜んでいるのは先生なんですよ。わたしも観ましたが、お見事でしたよ。とにかく、今夜はそっ、としておいてあげなさい」
と世話を焼いてくれた。
興奮した蒼星石も部屋から出てくると、
「水晶、凄かったよ。君があんなに歌ったり踊ったりできるなんて。華やかなステージで熱唱かぁ。いいなぁ……とにかく、良かったよ」
わたしの手を取って熱い口調で称えてくれた。
こういった芸事には興味がないと思いこんでいた蒼星石が……意外だった。
プロデューサーさんは、そんな蒼星石に早速目を付けて、
「おや、君は真くんに何となく雰囲気が似ているね。どう、こんどうちの７６５プロに遊びに来ないかい？ 見学大歓迎だよ」
と誘った。でも、そのとたんに蒼星石はモジモジし出すと、
「いえ……あの、その。でも、少しだけでしたら。そのうち」
まるで、急にしぼんだ紙風船のように消極的になってしまった。
「ははは。いや、そんなに堅くならなくても大丈夫。また、好きなときでいいからね」
そういうと、プロデューサーさんは慣れた手つきで名刺を蒼星石に手渡した。
それから、「それでは。不躾ですが、仕事がありますので今日はこれで失礼します。ありがとうございました。また、改めてご挨拶に伺います」と丁寧に礼を言うと、プロデューサーさんはまたタクシーに乗って去っていった。
その夜、わたしの部屋にやってきた蒼星石と今日の興奮と感動について、しばらく話し込んでから、やっと眠りについた。
そして、数日経った学校で。
「あふう。みんな、おはよう……」
またも眠そうに美希ちゃんがちょっと遅れてやってきた。
「きのうの晩、収録があって、終わったのが夜中なの。だから、ミキ、眠いの。だけど、この前はスイちゃんに助けてもらったから、ミキ、頑張って起きているね」
そして授業を始めた。
今日も大きな丸いテーブルを、みんなで円になって座って囲んで、思い思いにノートとテキストを広げて授業するスタイルだ。
また、わたしが先生の番。
大体、授業が中頃にさしかかった頃、気がつくと美希ちゃんがスースーと寝息を立てながら、眠り込んでいる。
テーブルのみんなは、またわたしが注意するんじゃないかと思って、そわそわして、気にし始めている。
でも、わたしはそのまま美希ちゃんをそのままにしておいて授業を続けた。
やがて授業が終わる頃になって、カランコロンとそれを知らせる手鈴が、大（おお）先生によって鳴らされた。
大先生というのは、大人の本職の先生の事で、わたしたちの面倒を見ていてくれていて、みんなそう呼んでいる。
「え？ あっ、いっけなーい！ ミキ、寝ちゃったよ……ごめん、ごめんねスイちゃん」
あわてて飛び起きると、謝る美希ちゃんに、
「いいのよ。疲れているのね。お疲れ様ね」
と、ニコリと声をかけた。
美希ちゃんもそれに応えて、ちょっと照れくさそうに笑った。
「皆さん、ちょっと集まってください」
そこに、大先生の中でいちばん偉い、校長先生が現れた。
年配のちょっとだけがっしりとした体つきの、一見怖そうだけど、本当はとても優しく、それでいて厳しい先生で、みんなに好かれている。
「今日は新入生を紹介します」
集会場にみんな集まった。とはいっても、せいぜい４０人程度。
小さな舞台とか、ビデオプロジェクターや音響設備やテレビなどが置いてあり、催し物の時にも使われる場所だ。
そして、校長先生にうながされて現れた少女を見て驚いた。
「樫 珠理です。みなさん、よろしくお願いします」
あの少女だった。
おわり
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