ホームページ タイトル
歌姫薔薇水晶 ページ2
 そして、その日の晩ご飯。
 今日の料理当番は蒼星石。
 テーブルに、大きなおかずとしてスコッチエッグが並ぶ。蒼星石の得意料理だ。
 前に一度、なぜこの料理が得意なのか聞いたことがある。
「ああ。実は元は花まるハンバーグって言ってね、よくジュンのお姉さんののり……呼び捨てにしちゃわるいな、のりさん、が作ってくれたんだ。みんな大好物で、それで見よう見まねで。だけど、オリジナリティが必要だと思って」
 ちょっと照れたように教えてくれた。
「で、名前は何にしようか……と考え中。やっぱり、ここは目玉ハンバーグ、うーん……ちょっと芸がないかなぁ」
 といった具合に、今でも蒼星石は自分の料理に付ける愛称を思いあぐねている。
 ちなみに、肉が苦手な白崎さんにはタマネギと野菜のブイヨン煮込みが。
 これは白崎さんも気に入っている料理だ。
 みんなが席に着く。
「いただきまーす」食事を始めた。
 基本的に、うちでは食事の時間はテレビなど付けず、余分なお喋りをしないことにしていた。
 それでも、わたしの箸の運びに微妙な不機嫌さを読み取った、お父様が声を掛けてきた。
「どうしたんだい? 水晶。何かあったのかい?」
 さすがお父様で、わたしに何かあるとすぐに判るみたい。
 わたしは素直に打ち明けることにした。
「はい。お父様、それが……」
 今日の学校での出来事を話した。

 あれから、本当に授業中、居眠りしていた星井美希。
 そういえば、彼女が所属しているプロダクションから、同じく通ってきている子もいたわね……確か、変わった名字の……そう、天海さんだ。
 ともあれ、その子は堂々とわたしの授業中にすーすー、と心地よい寝息を立てて机に伏して眠っていた。
 わたしは、心の中の良心がいけないと警告しているにもかかわらず、ついつい、意地悪をしてしまった。
「星井さん、それじゃこの問題やってもらおうかしら」
 ホワイトボードに書いた、三角関数の式の展開を、目が覚めるように大きな声で質問した。もちろん、わざと難しい問題。
「ん? ああゴメン。ミキ、本当に寝ちゃった。だって、眠いんだもん。でね、えーと、その答えはね……」
 寝ぼけまなこで立ち上がると、スラスラとよどみなく回答をホワイトボードに書いていった。すぐにわたしは検算した。
「正解だわ」
 わたしは、驚いて言った。それに応えるように、得意げに美希が仕掛けてきた。
「うん。ちょっと難しかったかも。でもね、ミキ、大抵のお勉強はできるから大丈夫なの……あふぅ。それじゃ、これは?」
 美希は逆に、別の三角関数の展開の問題をホワイトボードに書き出してきた。
 う〜ん……難問だ。
 いいわ。挑戦は受けて立つわ。
「こんなところかしら」
 わたしも、難なく回答した。さあ、次はどう出てくるのかしら?と思っていると。
 本当にくったくない様子で、美希はニコリと笑うと……。
「さすがだね。前から水晶ちゃん……スイちゃんでいいかなー、って頭いい、って思ってたんだ。ねぇ、メルアド教えるからスイちゃんのメルアドも教えて。あはっ」
 あっけらかんと、言い放つ。わたしはポカン、としながら応えた。
「え? スイちゃん? えーと……いえ、わたし、メールアドレス、携帯電話なんて持っていないから……でも、あなたアイドルなんでしょ? そんなかんたんに人にメールアドレスなんか教えていいの?」
 わたしは、全く予想外の反応に、訳がわからなくなっちゃった。
「あはっ。そうだね。プロデューサーさんから、この前おこられたばかりだったね。ミキ、忘れてたよ。あ、もうこんな時間。それじゃ、仕事があるからまたねー。あふぅ」
 あくびを一つし終わると、そのまま、さっ、と姿を消した。
 後には、あっけに取られるわたしだけが取り残された。
「先生、続き、やりましょうよ」
 他の子の催促に、わたしははっ、と我に返ると、授業を続けた。
 どうにも、お腹の底に残ったわだかまりを感じながら。

前のページへ 次のページへ