突然のみつと金糸雀の訪問に驚きつつ、戸惑うジュン。
「なんでお前らがいるんだよ。あのことは……終わったはずだろ」
本当は、金糸雀とそのミーディアムがあの後どうなっているのか心の隅に引っかかっていただけに、こうして無事でいることに安堵したジュンだったが、どうも素直になれない。
みつもその辺は心得ていた。
「相変わらず多感な思春期を送っているみたいね、ジュンジュン」
「な、何だよいきなりそれは」
軽いカウンターパンチを食らったジュンは、目をそらすと少し照れ顔になった。
そんな二人のやり取りを金糸雀はキョトンとして見つめるだけだった。なにしろ、知力はそんじょそこらの教授が束になっても叶わないだけのものを持ちながら、世知にはまるで疎い。
ただ、（みっちゃんの勝ちなのかしら)と思った。
「うふふ。ほらジュンくん、おみやげ頂いたのよ。おぐら屋のシュークリームアソートセット。とりあえず着替えてきたら？ それから一緒に頂きましょ」
「う……うん」
ごく自然な姉の助け船に、ジュンは、ほっとした。
「で、何だよ、ぼくに用でもあるのかよ」
二階の自分の部屋で着替えを済ませ、心を落ち着かせ、体制を整えてから階下に降りてきたジュンは、再び、わざとぶっきらぼうに問いかけた。
それは内心、ソワソワしているのを気づかれたくなかったせいもある。
「まー、用といえば用事というわけでもないんだけど、ジュンジュンがどうしているかと思ってね。勉強、順調にいってる？」
「う」
いきなり、痛いところを突かれて狼狽するジュン。
しかし、すぐに何とか体勢を取り戻して。
「まあ、ぼちぼちってとこかな。もともと小学校の頃は成績悪くなかったんだし、後は時間の問題って……なんだ、そんなことを聞くためにきたのかよ。余計なお節介するなよ」
威勢を張ってはみたものの、それはジュンが現時点で一番問題にしていることであった。
時間の問題とは言ってはみたものの、高校受験までにその遅れを取り戻せるかどうか……正直、微妙なところであった。
教科書や参考書、問題集を読んだり解いたりする限りでは確かに理解できたように思う。それに練習問題も解けるのだが、いざ本番の試験になると、これがからきし弱い。
「ふうん……そうなんだ。で、それ本当かしら？ お姉様」
「うっ」
いきなり、姉の、のりに振るとは。
ジュンは、のりにはいつも包み隠さずテストの回答を見せていた。
それは、のり自身もあまり学校での成績がよいとはいえず、加えてその優しさから、くどくどと小言を言うタイプではないし、何よりも、ジュンはのりを実の母親のように信頼していたからだ。
だが、のりには妙に馬鹿正直なところがある。
「そおねぇ……大体６０点くらいをウロウロかしらねぇ……でも、ジュン君頑張っているから、そのうち点数良くなるよね」
おまけに楽観的である。
「やっぱりね」
「い、いいじゃないか。そんな人の点数なんて気にするヒマがあるなら、他にもっとやることあるんじゃないのか？ その……大人なんだから」
そこでみつはニヤリ、と笑った。
「そう。わたし、いちおう大人だから、元ミーディアム同士として、どうしてもジュンジュンの本分、つまり勉強の進みぐあいが気になるんだなぁ」
「衣装を作るのに学歴なんて必要ないだろ……ほっといてくれ」
ぷい、とそっぽを向くジュン。
そんなジュンに、みつはいきなり切り出した。
「ねぇ、家庭教師になってあげようか」
「えっ？」
ジュンが突然の提案に驚き、まじまじと、みつの顔を見た。
その目つきは、年上の女性が年下の少年をからかうようなそれではなく、ごく真剣なものであった。
こうなると、根が本当は素直なジュンだけに、話をはぐらかすわけにはいかない。
以前のジュンなら「馬鹿なことを言うなよ」と相手の気持ちを無視するところであったが、引きこもりからの脱却とか何やかやでちょっぴり成長していたので、相手が真剣になっている時は無視してはいけない、と学んでもいた。
「こう見えてもわたし、勉強とか受験には強いのよ。凡才の唯一の取り柄ってとこかしらね」
「ふうん」
なんだ、そんな提案か……ジュンは思った。なぜなら、家庭教師なら巴がちゃんと付いている。要らないよ、そう思った。
「あ……家庭教師なら、巴ちゃんが……」
のりも、巴の現在続いている厚意を思うと受けいれられる提案ではなく、何とか断る方向に持って行こうと、気まずさを感じなから口を開いた。
しかし、みつはその空気を感じたのか感じていないのか、それともあえて無視したのか、話を続けた。
「で、ジュンジュン、今、どんな参考書使ってる？」
「まぁ、学校から出ている問題集と、教科書くらいかな。まだ参考書を使うレベルでもないし」
本当は、巴から薦められた参考書を使っていたのだが、そこまで説明する必要はない。だが。
「そう。本当は使っているんでしょ？ ……とか、……あたりかな？」
「えっ」
図星だった。
「それらは悪くないけど、あくまでも普通に学校に行っていた子が使う本ね。ジュンジュンには、もっと特別なものが必要だと思うな」
どうして、分かったんだろう。ジュンは思った。
（ははーん、姉ちゃんから聞いたな……って、姉ちゃんには使っている参考書なんて見せたこと無かったっけ？）
狐に摘まれたようなジュン。
「たとえば、こういうのなんかどうかな」
そんなジュンに、まるで畳みかけるように、みつは持参した鞄から、どさり、と書類の束をテーブルの上に取り出した。
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