それは、ドールを届けに行った店でのこと。
品物を手渡して、店長さんが伝票を用意している間、わたしたちは時間つぶしに居並ぶドール達を眺めていた。
もちろん、お店の人達、そしてお客さん達も、わたしたちが元ドールだとはつゆ知らない。そんなわたしたちがドールを鑑賞する。これは妙な話だわ、と心の中で思った。
そうこうしているうちに、ふと一体のきわめて精巧なドールがわたしたちの目にとまった。
「これは。かなり腕のある人形師のものね。お父様の人形に勝るとも劣らないわ」
思わず、ため息。それほど素晴らしい出来だった。
「うん。それに、不思議だ。何かこの人形、妙に懐かしいといったらいいのか、初めて見るようには思えないね」
不思議そうに蒼星石もうなずく。
そこへ、店長さんが伝票を持ってきた。
「お嬢さん。さすがに塊先生の娘さんだけ会って目が高いなぁ。この人形はローゼンドールといって、最近入り出したんだ。何しろこのクォリティだからね。なかなか入荷してこないんだけど、入ってきたらすぐに売れてしまって。これももう、引き取り手が決まっているんだよ」
うちの店で売り子もしている白崎さんとは対照的に、とても人形愛好家とは思えないがっしりした体つきの、そう……年齢としては壮年にさしかかったと思われる店長さんが言った。
「え？ おじさん、今なんて……ローゼンドール！？」
蒼星石が驚いたように言った。
「うん。そうだよ。今まで、聞かなかった名前だけど、大変な評判でね。この子は、それこそ宝石くらいの値段で引き取られていくんだよ。それでも安いくらいだけどね。なにしろお金では量れないだけの生気というか、不思議な魅力があるからねぇ。だから大人気で、あちこちの店で奪い合いだよ。ふう。うちもやっと一体お招きできたけど、次はいつになることか……」
「う……」
何か言いかけた蒼星石。だけど、それきりだった。
なぜか、それ以降蒼星石は、その事については忘れてしまったかのように振る舞っていたが、落ち着ける場所に来たところで安心したのだろう、堰を切ったように話し始めた。
「フェイクか。だったら、良いんだけど。ただ、僕はあの人形を見たときに感じた、独特の感触をどうしても拭いきれないんだ。こういうのも何だけど、僕には姉妹がいる。そして、いつもその姉妹達の存在を肌で感じながら生きてきた。その感触と、あの人形から僕の心が感じ取った感触があまりにもそっくりなんだ。だけど。お父様が安易に人形作り、それも街で売られる人形作りに手を染めるなんて……信じられない。僕たちローゼンドールは、特別な存在だと思い続けてきたのに……」
わたしはそんな蒼星石の言葉に、つい苦笑いをしてしまった。
それに気づいた蒼星石。
「あ、ゴメン。水晶、君のお父様も君という最高傑作を作り上げた上で、あえて商業作を制作しているんだった……それに、ローゼンドールが特別な存在、だなんて。本当にごめん。君だって、特別な存在なわけで」
気だての優しい蒼星石は、自分の言葉がお父様と私を侮辱してしまったのではないかと思って、あわてて弁明する。
「いいのよ。確かにローゼンドールは特別な存在だと思うわ。お父様は、ついにわたし一人しか作り上げられなかった。でも、ローゼンは６体も作り上げた。力量としてみれば、現実にわたしのお父様は悔しいけど、ローゼンには届かない。でも、そればかりが、ドール、そして人形師としての価値を決定づけるものではないことは、わたしとお父様は、あなたたちから教わったわ」
わたしは、心の底から偽りのない言葉でいった。
「そう言ってもらえれば僕も助かるな。つい、熱くなっちゃって。ゴメン」
「無理もないわ。こんな形で突然、ローゼンの足跡が見つかるなんて。わたしも意外」
ふう、とため息をつく。
もし、あのドールが本当のローゼンドールだとしたら……新しい事件の予感が。
わたしは気が重くなって、思わず視線を下に落とした。すると溶けかかったかき氷。
「あ、かき氷溶けちゃうわ」
「うん、早く食べなくっちゃ」
あわてて片付けようとするわたしたちに、店員さんが声をかけてきた。
「あの、申し訳ありませんが合い席、よろしいでしょうか」
気がつくと、店の中はすっかり満員になっていた。
わたしたちは、ちょうど運良くお客さんの少ない、波間に店に入れたようだった。
「あ、はい。いいです。もうじき食べ終わりますし」
「すみません」
そうして、店員さんは入り口の方向に消えた。
「……こちらでございます」
ほどなく、二人のお客さんを伴って戻ってきた。
「あ」
「あっ」
わたしは、反射的に驚きの声を上げていた。蒼星石も。
「えっ！？」
相手の二人……二人とも女の子、そのうちの一人、流れるような銀色の髪の白い少女も驚いていた。
もう一人は、見かけない？ いえ。この娘にも見覚えがある。
「す、水銀燈」
蒼星石が思わずその名をつぶやいた。
一瞬、水銀燈と呼ばれた娘の赤い瞳が動揺していたのを見逃さなかった。
でも、すぐにそれは隠され、急にすましたようにプイ、とその娘はそっぽを向いた。
「い、いやですわ。わたしは水銀燈なんて変な名前ではありませんことよ。お……オホホホ」明らかに不自然な作り笑い。
そこへ、もう一人の少女が割って入った。
「えー？ だってあなた、水銀……むぐむぐ」
そこまで喋りかけたところで、白いワンピースの水銀燈にそっくり？……な少女が、黒いワンピースの少女の口を塞いだ。そして、観葉植物の陰へと連れて……いや、引きずっていく。
「だからぁ……だって」
「あら？ でも面白いじゃない……」
「お馬鹿さ……じゃない」
ひそひそ声で話し合っている。時折、言葉の切れ端が漏れ聞こえてくる。
わたしは、すでに態度を決めていた。
「蒼星石。見知らぬ人に失礼だと思うわ。あの水銀燈がこの世界にいるわけないわ。さてと。そろそろここを出ましょうよ」
「だって」
どうにも心残りな様子の蒼星石の手を取って、わたしはテーブルから立ち上がるとその場を去ることにした。
「どうもすみません。人違いしたようです。ごめんなさいね」
二人の少女に謝る。
「え、あ、あらぁ。そんなこと、べ、別に良いのよ。きっと、よく似た誰かと間違えたんでしょうし。こちらこそ、つい誰かさんだと思ってしまって。さよなら」
「つまんない。別にバレたって良いじゃないのよ、変なの、水銀燈」
黒い少女の方はまだこだわっている様子だった。
「あなたはもういいから。あ、この子、ちょっと暑さで頭がクラーッとしているの。ごめんなさぁい」
そうして、わたしと蒼星石は会計を済ませると、店を出た。
蒼星石は、ちょっと不満そうながらも、つぶやいた。
「そんな……急にこんなにいろいろなことが起こるなんて。僕は一体、どうしたら」
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