「待てっ」
突然、勇ましい声と同時に、瑠璃細工の見事な宝飾が施された剪定鋏を手に、蒼星石が躍り出ると、薔薇の蔓をたちどころにバラバラに剪定していく。
もちろん、蒼星石の剪定鋏は薔薇の棘の毒にもビクともしなかった。
「きゃあぁぁぁ」
またも、抑揚のない、それでいて甲高く大きな声で雪華綺晶が叫んだ。
「珠理、大丈夫？」
……わたしこと、塊 水晶は樫 珠理に駆け寄った。
「来ないで！」
珠理は、わたしを避けるように後ずさりした。
「どうして？ わたしは、あなたを助けに来たのよ。ほら、蒼星石だって」
だが、今度ばかりは、蒼星石の剪定鋏も簡単に雪華綺晶を退けることは叶わなかった。
遂に実体化した白いドレス姿の雪華綺晶は、蒼星石の剪定鋏をヒラリヒラリとかわしながら、徐々にゆっくりとこちらとの間合いを縮めていく。
「くっ」
思い通りに行かない現状に、思わず呻く蒼星石。たぶん、蒼星石は雪華綺晶の体を傷つけずに撃退したいようだった。しかし、そのせいで雪華綺晶に押されている蒼星石。
雪華綺晶……何か、企んでいる。わたしはそう思った。
薔薇水晶にならないと、勝てないかも。そう思ったわたしは、胸にペンダントとして飾っているローザミィスティカを握りしめようとした。
「どうでもいいからみんな逃げて！ これはわたしの戦いなのよ」
そう叫ぶと、珠理は中腰に構えた。何か、仕掛けるつもり？ でも、その足では。
それを認めた雪華綺晶は、初めてその無表情な顔に笑みを浮かべた。
「待ってたわ。さぁ、いらっしゃい。これでもうあなたの体はわたしの……」
そう言うか、言い終わらないうちに。
大きな津波……の様なものが雪華綺晶に真横からぶつかった。
ドォン、と鈍くも大きな音が辺りに響いた。これは一体？
「調子こいてんじゃないわよ、このジャンク！」
見ると、あの水銀燈が復活していた。
背後から、黒い、いや、なぜか白い……翼を凛々しく広げ、それが奔流となって雪華綺晶の体に渾身のアタックをかけたのだ。
そのショックに、雪華綺晶の体はバラバラになり、車道へと。
とたんに車道を行き来していた自動車の急ブレーキによるスキール音と、次いでドン、という鈍い音が。雪華綺晶の体はバラバラにされたあげく、車に轢かれたり弾き飛ばされたりして、見るも無惨な状況を晒した。
それでも、ヒビだらけになった雪華綺晶の首はゴロンと車道に転がると、わたしたちの方を見て、明らかにニヤリ、と笑うと、そのまま他のパーツと共にすーっ、と立ちこめる都会の熱気の中、まるで陽炎のように虚空に消えていった。
わたしたちは、そんな有様をただ呆然と見守るだけだった。
ただし、一番呆然となったのは水銀燈だった。
「きゃーっ。水銀燈。凄い凄い。やっぱり、天使様だったのね。わたしの思った通り」
めぐがそんな水銀燈に抱きつく。すでに背中の翼は消えていた。
しかし、めぐの抱擁になんの反応も示さず、ただその場に立ちつくす水銀燈。
「水銀燈、あなた一体……」
驚いた。あの水銀燈の羽が白くなっている、だなんて。
「わ、わたしは？ わたしは一体どうなっちゃったのよぉ」
「いいじゃない！ やっぱり思った通り、水銀燈は天使だったのね。その白い……あら？ もう消えちゃっているわ。でも、その羽が天使の証拠よ」
戸惑いつつ、水銀燈にしては珍しく狼狽し、誰にでもなく弱々しい声でつぶやくその問いかけに、めぐが我が意を得たりと弾んだ声で答えた。
でも、そのめぐの喜びは水銀燈には伝わらなかった。
「……めぐ、帰るわよ。こんなところ、もう居られないわぁ」
抱きついためぐを引きずるように、とぼとぼと地下鉄の駅へと歩き出した水銀燈。
「あ、水銀燈？」
わたしの声かけに、まったく反応を示すことなく、二人は駅の入り口へと消えていった。その姿は、うつろな加減で弱々しく歩を進める水銀燈に、にわか元気のめぐがキャーキャー言いながらまとわりついている、どうにも奇妙なものだった。
「ち、ちょっと待ってよ」
わたしは追いかけようとした。
だけど、ポン、と後ろから蒼星石がわたしの肩を取って、こうつぶやいた。
「……そっとしておいてあげて。ドールにとって、その姿を大きく変えてしまうことは……ショックなんだよ」
はっ。わたしも、思い当たるところがある。追いかけるのを止め、黙って見送った。
「それより、この子……珠理を送り届けなきゃ」
蒼星石がうながす。
「そうね」
珠理もまた、足の傷がひどいためか、いつものように突然姿を眩ますこともかなわず、ただ地面にうずくまっているだけだった。
「こんな……こんなことって……このわたしが。ううっ」
彼女にとっても、今回のこのことは大変なショックだったらしい。
「ね。一緒に……帰ろう。ね？」
「……うん」
思ったより素直に、珠理はわたしたちに従った。
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