水銀燈とめぐは、新幹線の特割切符を使って住んでいる街へと帰路についていた。
在来線の切符よりも少し割高だったが、めぐが新幹線に一度乗ってみたい、と提案したのと、水銀燈自身、こんな猛スピードで走る鉄道というものに興味があった為だ。
それに、めぐの体のことを考えると、人混みに揉まれて在来線を長く乗り続けるよりも、ゆったりした座席で、鉄道での移動をなるべく短くしたいとの、元ミーディアムへの配慮もあった。
「ふう……」
ＡＢＣ席のＡ側にめぐを座らせ、自分はＢ席に座る。
かすかに唸るようなノイズが耳障りだったが、よく効いた冷房の車内は快適だった。
やっと麦わら帽子を脱ぐことができた。
「おみやげ、これでいいかしら？ みんなの分、あるよね？」
めぐが新幹線のホームで買い込んだおみやげを袋から出して、数を数えている。
そのおみやげは赤い箱で、○○と書いてあった。どうもこの辺では有名らしい。
「あら？ なんか、賞味期限の数字の打ち方が違うような……」
意外とめぐは大ざっぱなところがあるものの、細かいところに気がつくクセがある。
「そんなこと……どうでもいいじゃない。別に腐っているわけでもないんだし」
「もう、水銀燈冷たいのね」
プウ、と頬をふくらますめぐ。
やがて、発車時刻になり、ソロソロと新幹線は発車した。
じきに、最高速度に達した。
「うわー、速い速い。目が回りそう」
めぐはまるで幼児のように、窓にへばりついて外の流れる景色を楽しんでいた。
「……窓から顔出すんじゃないわよ」
こうなると、園児と引率の先生である。とはいいつつも、水銀燈も流れる景色を通路を挟んで向こう側の窓から楽しんでいた。
「あら水銀燈、窓は開かないわよ」
「そ、そうなの？」
水銀燈も、あまり列車というものには馴染みがない。
窓が開かない列車というのも、初めてだった。
「……」
少し頬を真っ赤にして、水銀燈は黙りこくってしまった。
（言い過ぎたかな……）
めぐはそう思って、黙って景色を楽しむ事にした。
静かになったところで、水銀燈は自分の背中の感触を確かめた。
……何もない。
あの羽は、確かに自分の背中から生えたものだった。間違いない。しかし、色は白。黒じゃぁない。
（白い羽……それは、アリスドールの持つべきものの一つ。わたしは……それを出してしまった。つまり、このわたしがアリスへ一歩近づいた証拠、と取っても良さそう……でも）
確かに、元々水銀燈の羽はアリスの羽を受け継いで、白い羽となる予定だった、のかもしれない。これは、アリスゲームと年月の中で、水銀燈がうすうす感じ始めていたことだった。
しかし、アリスへのアンチテーゼとしての意味も込められて作られた自分には、黒い羽が似合う。あの忌々しい真紅の暴挙で、わたし自身のｎのフィールドでそれを獲得した。
つまり、黒い羽を持つことはお父様の意志に従うこと。
でも、アリスの持つ羽は白でなければならない……と思う。
お父様が真に望んでいるのはアリス。黒い羽じゃない。
ふと、めぐの方を見る。
めぐは今日の騒動に疲れてしまったのか、いつしか、いねむりを始めていた。
（無理もないわぁ……いくら健康になったといっても、体力がねぇ。熱を出さなければいいんだけど）
水銀燈はそのように、めぐの体のことを心配した。
熱を出す……そう、もう一人、そうなってしまった娘がいる。
（真紅。あの子、人間の姿になってから妙に元気をなくしてしまって、ボーッとし始めて、ついに熱を出して寝込んでしまっている。昔はあんなにムカつく娘だったけど、今では……）
かすかに芽生え始めた、妹への想い。
今まで、アリスゲームの対戦相手としてしか眼中になかった、ドールたち。でも、今では彼女たちは、全てわたしの妹……「家族」。
水銀燈はその言葉に、背筋に虫ずを感じたが、かすかに心の中に、暖かく、ぽっと明るい何かが灯るのも、同時に受け入れていた。
途中駅に停車する。こだまなので、各駅停車だ。
シュン、と突然轟音を立てて、通過電車が追い抜いていく。車体がかすかに揺れる。
水銀燈はドキリ、とした。このわたしが。こんなことで驚くなんて……。
「ん？ もう着いたの？」
めぐが目を覚ます。
「ううん。まだよ。駅に着いたら起こしてあげるから」
水銀燈はめぐにそう答えた。
「うん。ありがと」
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