「まさかこんなところで蒼星石に会うなんてねぇ。世の中、思ったより狭いものなのねぇ」
「あの娘が蒼星石、そしてもう一人が薔薇水晶、ってわけね。ふたりとも、とてもかわいい。やっぱり、元ドールだけはあるわね」
「とにかく。わたしたちがこっちの世界にやってきたことはあの娘達には内緒なんだからぁ。下手をすると、またあの鬱陶しいあいつに絡まれるかもしれないしぃ」
そう言いながら水銀燈は、めぐと空いたテーブルに付いた。
ところで、途方に暮れていたのは、蒼星石だけではなかった。
パーラーのテーブルに付いた水銀燈とめぐも、お互い浮かない顔をしていた。
「はぁ……どうしても、わたしがやらなきゃいけないの？ こんな事」
水銀燈はフローズンバナナラッシー、めぐは冷たいものはまだ慣れていなかったので、ジャム付きのロシアンティーを頼んでいた。
その待ち時間、水銀燈がため息をつきながらつぶやいた。
「だって、水銀燈くらいしかこんなことできる子、いないでしょ？ あの真紅という子はお金のことはさっぱり分からないし、翠星石って子もそうだし。雛苺はまだ子供だしオディールと来たら、まるで要領を得ないんだから」
それじゃあんた、そう言うめぐは一体どうなのよ、と水銀燈は思った。
「あんただってある意味、箱入り娘みたいなものだったじゃないの……隔離病室みたいなところに入れられてたんだし」
「うんそうよ。わたしは病室と病院の中しか知らない。それでも、たまに病院の購買で雑誌とかいろいろ買ったりはしていたわ。だからちょうど、元ミーディアムつながりであなたについてきたんだしね」
「よく病室を抜け出せたわね。あんた、病室から出たら一発でコロリ、だったんじゃないの？」
「そうでもないよ。たまーに、調子が良くなるときもあったから、病院の中を探検してたりもしたのよ。けっこういろいろなものがあって面白かったけどね」
水銀燈の皮肉はメグには通じない。諦めたように水銀燈が次いだ。
「つまり、ちゃんとお金のことを知っていたり、使った経験があるのはわたしとめぐ、だけってワケね……バッカみたい。ほんと」
「でも、なんで水銀燈、お金のことを知っているの？」
うざったるそうに水銀燈は首を振った。
「だってぇ〜、ほかの軟弱なお馬鹿さんと違って、わたしはミーディアムの庇護なしでやって行かなきゃならなかった場合が多かったんだから、しょうがないじゃない。この世の中で一番確実なものがあるとしたら、うっとうしいけど、それはお金。まったく人間なんて、馬鹿。あんなものに頼らなければ生きていけないなんて……」
水銀燈の顔に、あからさまな嫌悪の色が表れていた。
そこへ。
「おまちどう様でした」
注文の飲み物が運ばれてきた。
「ふぅ。やっとありつけるわね。この乳酸菌、飲んでみたかったのよ」
ちょっぴり嬉しそうな水銀燈。
ラッシーとはヨーグルトと牛乳と蜂蜜を混ぜて作った飲み物で、元はインドから渡ってきたものだそうだ。ここのラッシーは、それにバナナとクラッシュアイスを混ぜてミキサーにかけてあり、ちょっと大振りのクリスタルグラスに注がれていて、カットバナナのトッピングがしてあった。
「いただくわぁ」
ストローを差し込む間ももどかしく、水銀燈は初めの一口を一気に吸い込んだ。
程よく混ざった冷たい、ややマイルドな酸味がヨーグルトとバナナのミックスされたフレーバーとともに口の中に広がり、飲み込むとその冷たい固まりが喉を心地よく刺激する。
「ほわぁ……」
至福の表情となる水銀燈。これは、ドールの頃には絶対誰にも見せようとはしなかった表情だった。めぐは、そんな水銀燈の表情を愛おしく見つめていた。そして、こう思った。
（とりあえず、今は幸せ……かな。水銀燈のこんな表情が見れたんだもの）
めぐのティーには、ポッドに入った、たっぷりの苺ジャム、そして小さく切ったトーストと、小振りなスコーンが何きれか一緒に付いてきた。
「あら？ お腹空いてないのに」
「それは、余ったジャムを付けて食べるものよ。紅茶ばかりではお腹に良くないからよぉ。そんなことも知らないの」
水銀燈が説明する。
「ふうん。水銀燈って、意外とお茶のことにも詳しいんだ。驚きだわ」
「そ、そんなことないわよぉ。こんなの、常識よ」
実は、水銀燈は密かに自分自身のｎのフィールドでのティータイムを欠かさないでいたのだ。だから、自然と紅茶の味わい方についても物知りだった……けど、それは水銀燈にとっては忌々しいことでもあったのだが。
「それじゃ、これあげる」
めぐはジャムを程よく付けたトーストとスコーンを半分、水銀燈に回した。
「い、いらないわよぉ」
「だって、わたし食べきれないんだもん。もったいないでしょ？ ね、水銀燈」
過去にさんざん食生活で苦労してきた水銀燈。
渋々ながらも、口に運ぶ。食べ物を残すのは許さない主義だった。
「あら？ このジャムおいしいわね」
「うん。そうね。ここのお手製かしら」
「甘みも酸味もちょうど良いわぁ」
と、ごく普通の女友達同士のような会話を交わす二人だった。
|
