わたし、水晶。
塊 水晶っていう名前なの。
お父さんと二人きりで暮らしているの。
お母さんは、私の小さな時に遠いところへ行ってしまったって、お父さんから聞いてる。
時々、
「ねえ？ お父さん、お母さんってどんな人だったの？」ってお父さんに聞く。
だって、お母さんのこと、全然思い出にないんだもの。すると、なぜかお父さんは寂しそうな顔をするの。
そんなお父さんの顔を見るのは悲しいから、
「ごめん。また変なこと聞いちゃったね。別にいいよ」と諦めるの。
すると、お父さんは「すまん。本当にすまん」とつらそうに答える。
だから、それ以上、言葉がでなくなっちゃって、そのまま部屋に引きこもって泣いちゃうの。
でも、その後、必ずお父さんがやってきて、なぐさめてくれるの。
「いつか、時が来たら全部話してあげるからね」って。
だけど、わたしってドジなところがあるから、またそれを忘れてお父さんに同じことを聞いて、困らせてしまう。わたしってダメね。
それにわたし、小さい頃の思い出もほとんど無いの。
どうしてだろう？
お父さんは、オモチャの修理屋さんをしている。
だから、よく小さな子供を連れた、よそのお父さんやお母さんがやってきて、いろいろな壊れたオモチャを持ってくる。
中でも一番得意なのは、壊れた人形さんの修理で、中には遠いところから飛行機や新幹線、っていう電車に乗ってやってくるお客さんもいるくらいなの。
そんなお父さんを、私は自慢に思っている。
だけど、一つだけそんなお父さんの、嫌なクセがあるの。
それは、人形さんを修理する前に必ずお父さんは、人形さんの顔に指を当てて、いろんな方向から見て、ひとりごとをつぶやくこと。
「よし」、はいいんだけど、嫌なのは「ちっ」とか、「ダメだな」、「失格」とかいうとき。
だって、みんなお客さんが大切にしている人形だよ。
それを悪くいうなんて、良くないと思う。
でも、それを一度だけお父さんに言ったら、とても怒られた。
「お前に何がわかる。黙っていなさい……悪い子だ」
今まで一度も私に見せたことのない、もの凄く怖い顔をしていた。
それから、わたしは思っていても、このことをいうのは止めた。
だけど、お父さんが見ていないときに、お父さんに悪く言われた人形に謝るの。
「ごめんね。お父さんはああいったけど、あなたは素敵な人形よ」
すると、何だかその人形が私にニッコリ微笑んだように見えたりする。
人形って、不思議ね。
お父さんに見つからないように、またいつものように、お父さんが文句をいった人形さんを、お父さんがご用事で出かけたすきに、いつものように仕事場にこっそり入って、なぐさめていると。
「水晶、何をしているんだい？」と突然お父さんが後ろから声をかけてきた。
「あ、わ、わたし……ごめんなさい。無断でお父さんの仕事部屋に入ったりして」
慌ててあやまった。
そして、車イスのレバーを口で押して、出て行こうとした。
「水晶……お待ち」
そしたら、お父さんが私のことを呼びとめた。
（おこられる……・！）
そう思って、じっ、と目を閉じて小さくなっていると、そっ、とお父さんの手がわたしの頭の上にのった。
「いいんだよ。水晶。今までのことは……お父さんが悪かった。確かに……
人形はうわべじゃなくて、その心だ。そして、どれだけ愛されているかだね。
お前がそんなふうになってしまったのも、全てわたしのせいなんだ」
「ううん、そんなことない。だってわたし、生まれたときからこうだったから」
わたしは、手と足の自由がきかない。
だから、口で車イスのレバーをくわえて、車イスが動かないとどこにも行けない。
でも、それでも、大好きなお父さんと一緒だもん。
「……」わたしのことばを聞いて、お父さんはわたしのまえにうずくまり、泣き始めた。
「そう。わたしは、過ちを犯してしまった。人形にとって何がいちばん大切かを、見うしなってしまった。すまない。心から後悔している。だから……」
「お父さん止めて。わたしのことで悲しまないで」
その時、不思議なことがおきた。
わたしの右うでが……今までぜんぜん動かなかった右うでが、とつぜん動くと、お父さんの頭の上に。
そして、お父さんの頭を……なで始めた。
「水晶、おまえ……」
驚いたのはわたしより、むしろお父さんだった。
「腕が……動くようになったのか」
わたしは、とつぜん感じ始めた肩からうで、そして手、ゆび先の感覚にふしぎな気分になりながら、わたしの手を見つめた。
「これが……手」
「そうだよ！ 薔薇……いや、水晶！ お前は腕が動くようになったんだ。そうだ。もしかしたら、他の部分も動くようになるかも……試してご覧」
わたしは、ためしに左うでと両足が（感じられるか）どうか、ためしてみた。
でも、ぜんぜんダメだった。
「お父さん、ダメみたい。それは……」
「そうか。腕、だけなのか」
ちょっとがっかりしたようすの、お父さん。
「でも、ほら、こうやって手でレバーをうごかして動けるようになったんだよ。ほら、みてお父さん。それに、こうやって」
わたしはお父さんのしごと机のそばに行くと、その上の人形を取って、胸にだいた。
「人形さんもだけるんだよ」
お父さんは、とてもやさしい表情になった。
わたしも、うれしくなってきて、なみだが出てきた。
お父さんの仕事部屋の窓からさし込んだ、夕日のあかね色の光が、わたしとお父さんを包み込んでいた。
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