だけど、次の瞬間。とんでも無いことが起きた。
わたしはまだ、そこに居た。
既に薔薇水晶のドレスではなく、下着だけの姿になって。
体は、勢いづいて跳躍していた最中の筈だったが、いつの間にか宙に浮いていた。けれども、さすがに重力に逆らえず、そして宙からドスン、と床に落ちた。
強かにお尻を打った。
「い、いいいい……」
あまりの痛さに言葉も出ない。
しかし、とっさに身を起こし、身構えた。
お尻が痛いのどうのこうの言っている場合ではない。
「仕留め……た？」
軽いめまいの中、周囲を見渡す。
そこには。
目映いばかりに色取り取りのスペクトラムを含み放ちながら、光輪を伴って光輝くローザミィスティカがあった。ふらふらと宙に浮いている。
「え！？」
さらに驚く光景がその下にあった。
友彦と揉み合うラプラスの魔。
いつの間にか、友彦はわたしの机の上に置いてあった、例のナイフを手に。
腰を抜かしていたのは、ウソだったのだ。
あの剛力な理力を誇るラプラスの魔が、友彦に押されている。
「うくっ……くっ」
「畜生。このウサギの悪魔。俺をよくも、騙しやがったな」
「それは仕方なきこと……。貴男は犯した罪を贖うために、うう……しかし、貴男はまた同じ……罪を……これで、もうこの世界からは。残念ですが」
「うるさい。こうしてやる！」
そして、友彦の力が勝った刹那。
「うっ……」
力なく、その場に倒れるラプラスの魔。
刺されたのだ。
「ふへへへ。いいざまだぜ。まったく、言葉巧みに俺を誘いやがって。罪だの何だの、うるさいこった。俺は俺の好きなようにやる」
友彦はそう勝ち誇ると、今度はわたしの方を向いた。
「ひひひ。さぁ、かわいい水晶ちゃん。それじゃ続きをしょうか。たっぷりと……可愛がってやるぜ」
そうつぶやくように言うと、「うっ」と呻き、わたしに襲いかかってきた。
わたしは、無意識に素早くジャンプし、気がつくと宙に浮いたままのローザミィスティカを掴んでいた。
次の瞬間、再びわたしは薔薇水晶となっていた。
もう許しておけない。
こいつは、今まで何人もの少女や弱いものを、その毒牙に掛けてきたのだ。
「許せない……」
固くて鋭い切れ味に加えて、理力の力で剛性も併せ持つ、必殺の水晶の剣を、友彦の体に突き立てようとした……。
が、出来なかった。
「こいつ！」もう一度身構え、気を整える。そして、一気に！
だめ！ できない！
わたしは、剣をその場に落とした。殺せない。もうわたしは……。
形勢の逆転に、友彦はまるで猛獣の様に、一気にわたしに襲いかかってきた。
そして、忽然と姿を消した。
わたしは、その場にぽつりと取り残された。呆気に取られながら。
不思議と心の中は、戦いの直後なのに、奇妙なほどに冷静かつ、静かだった。
そんなわたしに、ラプラスの魔がつぶやいた。
「……これでこの世界でのわたしの仕事は終わり。とはいえ、流石エンジュドール。さしものわたしも避け損ねるところでしたな……友彦、いや、あの罪人があなたを不意打ちしようとしていたのを、止めに入らなければ……いやはや」
「えっ？」
あのラプラスの魔がわたしを庇った……。
がっくりと力無くうなだれて、床に崩れ落ちた格好のラプラスの魔は、確かにわたしを庇ったのだ。乱闘の形跡からもそれは明らかだった。
あの、罪人、きっと友彦という名も仮名だろう……は、腰が抜けた振りをしてわたしの隙を伺っていた。もし、ラプラスの魔が助けに入らなければ、ラプラスの魔を倒すことだけを考えていたわたしは、明らかに隙を突かれていたに違いない。
呆気に取られるわたしに、ラプラスの魔は言った。
「お嬢さん、時間がもう無い……とにかく、お聞きなさい」
わたしは、コクリと頷いた。
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