腕がすっかり自由になったわたしは、見よう見まねで料理を始めた。
テレビの料理番組や、料理雑誌を読んで、ご飯を炊いたり、みそ汁を作ったりするの。
不思議なことに、料理の本に書いてある難しい漢字や言葉もスラスラと読めた。
「うん。水晶。また腕が上がったな」
お父さんも、初めはおっかなびっくりだったけど、今ではわたしの料理の腕を少しずつ認め始めてくれている。うれしい。
そんなある日、わたしは台所で小さな虫を見つけた。
それはゴキブリだった。
「やだ……ゴキブリ」
そう言うかいわないうちに、いつの間にか、わたしはそのゴキブリを捕まえていた。
そして、ゆっくりとフォークとナイフでゴキブリの体をバラバラにし始めた。
もがくゴキブリ。
とっても楽しい気分になった。
わたしの心の中で「そんなことしちゃダメ！」という声を上げる、もう一人のわたし。でも、そんなのは無視した。
それから、わたしはクモやゴキブリを見つけると、なるべく残酷な方法で殺した。やがて、それは家の外の小動物にまで。
子猫が一匹、迷い込んできた。
わたしの足元から登ってくると、膝にすり寄ってきた。
「馬鹿ね……」
そのまま子猫を掴むと、外に置いてあった水を張ったバケツに、子猫を頭からザブリ、と漬けた。
もがく子猫。でもわたしは止めない。
やがて、ぐったりとなる子猫。
生き物から、ただのモノになってしまったそれを、わたしはポイ、と放り捨てた。
心に痛みが走る。でも、それが逆に気持ちよかった。
その時、わたしの心の中に、あの、わたしを助けてくれた少女が現れた。
「ダメ。水晶。そんなことをしちゃ……あなたはそれで大変なことになるわ」
そう言った。
どうせ、わたしの中のもう一人のわたしが思ったことだろう。
そう思って、無視する事にした。
わたしは眠っていた。
そして夢を見た。
何体もの動く人形と戦う夢。
それは、黄色だったり、緑だったり、黒だったり、赤だったりする人形。
次から次へと倒すと、気持ちよくなる。スッとする。
全てを倒す。
だけど、最後の最後に、わたしは崩れていく……。
ハッ、と目ざめた。汗でぐっしょり。
とてもリアルな、本当にあったような夢だった。
それからわたしは、お父さんの仕事場にこっそりと忍び込むと、わからないように人形の腕を折ったり、足をもいだりした。
それは、すぐにお父さんに知られることになった。
「水晶……なんてことを。お前、お人形を壊すことを一番嫌がっていたじゃないか」
怒っていなかった。
ただ、とても悲しい顔で、壊れた人形をわたしの前に抱えて見せた。
それはみじめで、悲惨な姿。ぶさいく。ぶざま。
「フフフ……」
わたしの口から、思わず笑みが漏れた。
すると、お父さんは少し声を荒げていった。
「なにがおかしいんだ」
「だって、これはアリスゲーム。お父さんが望んでいたものだわ」
アリスゲーム。
それはつい、口から出た言葉だった。
わたしの知らない言葉……だった。でも、懐かしい言葉に感じた。そして、嫌な感じも同時に感じた。
「水晶、お前……」
お父さんは、わたしから目をそらすと、まるでおびえたような目になると、わたしの前から乱暴に立ち去った。
人形を拾い上げると、わたしは自分の部屋に連れこんで、ゆっくりとバラバラにして遊んだ。
とても楽しかった。
動かない人形。逆らえない人形。
「フフフ」
でも、軽いめまいをも、おぼえ始めていた。
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