そんなローゼンの苦労を知ってか知らずか、その娘たちはまさに盛夏を迎えていた。
「あっついわね、もう。人間の体がこんなに大変なんてぇ……やってられなぁい」
と文句を言いつつも、しっかり庭の草刈りに精を出す水銀燈であった。
今年は梅雨の時期にしっかり雨が降り、それから急激に梅雨明けとなって強烈な熱気と太陽が押し寄せてきたものだから、草木がいつになく勢いよく繁殖し、ここ乙女たちのアパートの庭も雑草まみれとなっていた。
いつの間にか世間から消えたと思っていたセイタカアワダチソウが復活し、ポツポツと等間隔に嫌みったらしく芝生の間に生え、さらにその間に雑草が生え始めている。
ちょっとの間だけ手入れをサボっただけなのにこれである。
作業しやすいように薄手のジーンズをはき、上は長袖のシャツ。ワラ帽子を被り、軍手を着用し、首には日焼け防止のタオルを巻いている。
およそローゼンメイデンとは思えぬ、畑仕事の人にしか見えなかった。
フウフウいいながらも、手際よくカマで雑草を刈っていく。
「水銀燈、大丈夫？」
そんな水銀燈のそばに心配そうに、めぐが日傘をさして現れた。
「大丈夫なわけないじゃない。まだこんなにたくさん残っているのよぉ」
水銀燈は立ち上がると、ざっと周囲を見渡した。まだ、５分の１程度しか済んでいないのだ。
「わたしも……手伝おうか？」
めぐが本気でのりだした。
「ダメよ。アンタはまた体ができていないんだから、熱射病でコロりとイっちゃうわよ……後の片付けくらいね。できることといったら」
水銀燈は、めぐの病が癒えたものの、まだ外でこんな仕事をするほど回復していないことを、正確な勘で感じていた。
少なくとも、３年はゆっくりさせないと……。
その見立ては正しかった。
「うーゆ、セミさん逃げたらだめなのぉ」
傍では、薄い子供向きのワンピースに身を包んだ雛苺が、庭に生えたキンモクセイの木にしがみついて泣いているセミを採ろうと格闘していた。
幹の低いところにとまっているセミは見つけられるのだが、掴もうとするとその小さな手では逃げられてしまう。
「うわ、ばっちいのー！ おしっこかけられたぁ！」
どうもセミの逃げられ際に水をかけられたらしい。
「あらあら」
ぐずりそうになってきた雛苺に、めぐが駆け寄る。
「雛苺、これはただの水でおしっこじゃないから大丈夫よ。ほら泣かない泣かない」
「うん……雛も、水銀燈手伝おうと思ったの。そしたら、セミさんがうるさいから黙らせようと思ったら、なんかつかまえられそうだったから……」
そんな会話を遠くで聞いていた水銀燈は、胸の中に小さなうずきを感じていた。
それはどうにも恥ずかしいようでいて、我慢できなくなるくすぐったさを覚え、困った気分になる。が、そのじつ愛おしく、大切なように思えた。
「ガキんちょなんて手伝わなくてもいーのよ。そんなことより、部屋でくんくんでも見てたらぁ？ 邪魔なんだからぁ」
だが、水銀燈の口から出てきた言葉はこれである。
どうにも素直になれない水銀燈であった。
「ちょっとお邪魔するよ」
そこへ、蒼星石がやってきた。
すっかり真っ黒に日焼けして、その肌はつやつやと健康的だった。
「あ、蒼星石だー」
雛苺が嬉しそうに声を上げる。
「おはよう、雛苺」
夏バテなんかまったくなし、と元気な声で挨拶を返す。
「あら、蒼星石？ 何をしにきたの？」
水銀燈は作業を中断する。もう汗まみれだ。
「水銀燈、あんまり慣れないことはするものじゃないよ。草刈りなら僕に任せて」
「あ、草刈りに来てくれたんだ。ありがとー」
嬉しそうにめぐが歓迎する。
「……好きにすれば？」
ぷい、と素っ気なく水銀燈はそのまま、家の中にスタスタと入っていった。
「ああ、ごめんね蒼星石。気にしないで、水銀燈はああいう娘だから」
あわててフォローするめぐ。
「うん、わかっているよ。それじゃ、始めるから。危ないからめぐは雛苺を連れて中に入ってて」
そう言うと蒼星石は持ってきた、エンジン草刈機を肩から降ろすと、各場所を点検し、保護具一式を身につけると、予備タンクに混合ガソリンを送り込むとスターターを思いっきり引っ張り、エンジンを始動させた。一発起動である。
けたたましい音を立てながら、２５ｃｃプロ用排気量小型エンジンによって回転するチップソーが、あれよあれよという間に雑草を刈っていく。
ここでも蒼星石の天才的な庭師の腕は発揮され、チップソーが障害物に当たってチュイン、と危なげな音を立てることは一切無かった。それでいて植えられた芝生の背丈ギリギリ、かつ均一に雑草が刈られていく。もちろん、刈られた雑草がシャフトにまとわりつくなんてことはない。まさに神業だった。
小柄な蒼星石が比較的リーチのある草刈り器を自在に操るさまは、なかなか絵になっていた。
「うわーすごいすごい。雛もやってみたいのー」
一度はめぐに付き添われて屋内に入った雛苺だったが、そんな姉の姿を見て興味に勝てず、つい窓を開けて外に出て、蒼星石に駆け寄る。
「蒼星石ー。雛にもやらせて」
「え？」
それは一瞬の「魔」だった。いつもなら、作業中は危険だから絶対に振り向いたりしない蒼星石が、なぜかこの時は、姉妹たちに囲まれていたせいか油断していた。
そして、高速回転するチップソーを回したまま、そのまま後ろを振り向く。
また、タイミング悪く、切れ味の鋭い歯が駆け寄る雛苺の足下に……。
「あっ」
驚く蒼星石であったが、もう遅かった。
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