「また性懲りもなくあらわれたわね、薔薇薔薇ジャンク。いいわ……本当にジャンクにしてあげる」
そうつぶやくと、水銀燈はペンダントにして身につけていた己のローザミィスティカを握りしめた。
すると真紅同様（１２話参照下さい）、水銀燈はかつてのドールの姿に戻った。
あの黒い、懐かしの衣装である。
それに呼応して、真紅もスカートに付いたポケットに念のため仕舞っておいたローザミィスティカを握りしめる。
そして真紅もドールの姿に。
そんな二人を見て、雪華綺晶は顔に笑みを浮かべた。
「お姉様方、やる気たっぷりね。それじゃあ、わたくしもしっかりとお相手をしてさしあげないと」
言うか言わないうちに、雪華綺晶の体から生えた薔薇の蔓が水銀燈をとらえようと突然、攻撃を開始した。
「アリス！」
水銀燈はそう叫ぶと、白い羽をバサリと広げ、防御の態勢に入った。
蔓は白い羽に絡まれ、押しつぶされて砕け散る。いつもの力業である。
「ふふ。さすがお姉様。これは小手調べ。次は……」
その雪華綺晶の言葉をさえぎって、いきなり傍らの真紅が声を上げた。
「ち、ちょっと何よ水銀燈。そのアリスって一体どういう意味？」
「え？ 何よ真紅……アリスって、当然アリスの羽って意味よ。だって、ローゼンメイデン第一ドールのこのわたしが真っ先にアリスの一部を身につける。これってまさに自然の道理だと思わなぁい？」
まるで己自身に陶酔したように頬を赤らめながら自慢する水銀燈。
「そうよそうよ！ がんばれ水銀燈！ す・い・ぎ・ん・と・う！！」
いつの間にか後ろでことの成り行きというか、観戦を始めていためぐがこぶしを突き出して声援の声を上げる。オディールはどうなったのだろうか？
「めぐ、ちょっと黙ってなさいよ！」
真紅が声を荒げてめぐの声援をさえぎり、いきなり早口でまくし立てた。凄まじい形相になっている。
「だいたいあなたねぇ、たまたま白い羽が生えたくらいでアリスだなんてそんな調子のいいことあるわけないじゃない！ それはただの生え代わりだって、あなたさっきいってたじゃない」
「あらぁ。ま、突然このわたしがアリスの力を手に入れた、なぁんて、あなたが知ったらショックだと思って、誤魔化していただけなのよぉ。まぁ、確かにこの調子でどんどんアリスに近づいていくわたしが怖くなっちゃうのもあるけどぉ」
しれっ、と水銀燈は答えた。
すると、怒りのあまり肩をわなわなと震わせつつ……うつむくと、真紅はつぶやいた。
「認めないわ」
声は小さいものの、まるで地の底からのような声であった。
「え？なに？ よく聞こえないわぁ」
めんどくさそうに水銀燈がわざと、子供の愚痴に嫌がりつつ相づちを打つかのごとく答えた。
意図通り、それは真紅の怒りの炎に油を注いだ。
「認めない、といってるのよ。こうなったら、それが本当にアリスのものなのか、確かめなくては、だわ。あっ」
真紅はある「間違い」を水銀燈の衣装に見つけ、嬉しそうな声を上げた。
「さては……あなた、ニセ水銀燈ね？ 判ったわ……なんて狡猾なの、雪華綺晶。あなたはニセ水銀燈を使ってまで、私たちを滅ぼそうとして」
「ち、ちょっとぉ。何いってるのぉ？ この暑さで頭おかしくなったんじゃないの？」
眉間にしわを寄せ、奇妙なことをいい始めた真紅に反論する水銀燈。
「フフフ……みんなの目は騙せてもこの私の目は騙せないわ。あなたの衣装、逆十字が逆よ！！」
勝ち誇るように真紅。
「えっ！？ あらぁ……本当に逆十字が正十字になっちゃってる。どうしてなのぉ？」
この暑い日差しの中、黒い水銀燈の衣装にプラチナの糸で刺繍された十字架が、見事に輝いている。だが、それは逆十字ではなく、普通の十字、つまり正位置に刺繍されていたのだった。
加えて、少しばかり裾の形にふくらみが加わっているようだった。
暑さで悪い夢でも見ているのだろうか……水銀燈は、本気でそう思った。
そこへめぐがひょこっとやってくると、しげしげと水銀燈の衣装を見て。
「あー、水銀燈、そのデザインの方が可愛いわよ。だって、昔の衣装はちょっと裾を切り裂いたような中途半端なところがあるなー、と感じていたもの」
と感想を述べる。
「なにいってるのよおばかさぁん。あら？」
水銀燈も、真紅の衣装を見て何かに気づいた。それは、真紅の衣装、のど元のアクセントとなっていた薔薇の飾りであった。
「あなただって、妙に凝った飾り物に変わっているじゃないの。それ……確か」
「ガーネットね。素敵」
めぐが感嘆の声を上げる。
もう、みんな雪華綺晶もほったらかしのマイペースぶりである。
飾りは布でできた薔薇から、ガーネットを細かくカットして花びらの形にし、組み合わせたものに変わっていた。
しかもそれは、もっと色の薄い、同じくガーネットでくるんであり、カーバンクルとなっていて、ガーネットの珠の奥に浮かび上がる薔薇の花が実に見事だった。
どうやってカットした花びらをカーバンクルの中に埋め込んだのか、通常では実現不可能な、誠に巧みな工芸品であった。
「え？ いつの間に。どうして」
あまりにも見事な宝石細工であったが、今の真紅には戸惑いしかもたらさなかった。今度は水銀燈が勝ち誇る番だ。
「つまりぃ、あなたもニセモノ。真紅のふりをした雪華綺晶ってことねぇ。正体を現しなさい！」
「うるさいわね！ あなたのほうがニセモノに違いないわ！」
「ふん。そっちこそ」
あわてて蒼星石はいきなり仲間割れを始めた二人を取りなそうとした。
「まぁまぁ二人とも。今はそんなことで言い争っている場合じゃないと思うけど……とにかく、雪華綺晶をなんとかしなくっちゃ、ね」
当の雪華綺晶は。
「……？」
目の前で起きた事態が飲み込めない様子で、きょとん、としていた。ただ、なんとなく頭にはきている様子であったが。
もはや雪華綺晶もヘッタクレもない真紅は、怒り（やつあたり）の矛先を蒼星石にも向けた。
「蒼星石。ほんとにあなたは空気が読めない娘ね。アリスよ、アリス。アリスの羽が出現したのよ。これは大変なこと……そう。それもよりによって水銀燈、それもニセモノにだなんて。許せないわ」
「え」
いきなり、一番気にしていることを真紅に突かれて困惑する蒼星石。
「く、空気読めない、だなんてそんな」
今までのやり取りを同じくぼう然と見ていた蒼星石の双子の姉である翠星石が（これはマズいことになったですぅ）と助け船を出すことにした。
「真紅。それは言い過ぎですぅ。そりゃ、蒼星石は空気の読めない娘です。でも、それをカバーすべき良いところもたっくさんあるですよ。まず、庭造りが得意なこと、きれい好き……まぁ潔癖症の所もちょっと気に障るけど、噛ませ犬なところもあるですぅ。いらない子、なんい陰口をたたかれていたけど、翠星石は認めてないです。その他、エトセトラエトセトラ」
しかし、それは助け船どころか、蒼星石の自尊心という沈みかけた船底により大きな穴を開けるようなものだった。
「ひ、ひどいや翠星石」
そうつぶやくと、いたたまれなくなったのか、雪華綺晶なんてなにソレ？ とばかりに、そのまま早足で出て行ってしまった。もちろん、片手で涙を押さえながら。
「あらぁ……」
自分のしでかしてしまったことに気づき、その場に呆然と立ちつくす翠星石。
「翠星石ったら、ひどいのー」
思わず雛苺が声を上げた。
「ひ、ひぇえええええっ。こりゃまた、とんでもないことをしでかして。そ、蒼星石。わ、悪気はないですぅ。ち、ちょっと待ってですー」
あわててロングスカートの裾をひらつかせながら、妹の後を早足で追いかけ始めた。
とまあ、始めて、放置されるという屈辱を、むざむざと味あわされる形になってしまった雪華綺晶。
果たして、どうなるのか？
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