「今夜の晩ごはんは翠星石にまかせるです」
舞台は変わって、ここはドールショップ「槐」。
ちょうど夕げの支度を始める時間帯であった。
失意とショックで乙女達のアパートを後にした、妹である蒼星石の後を追いかけて、そのま付き添うように蒼星石の自宅に戻ってきた翠星石は、ていねいに槐、水晶、そして白崎にあいさつをすると、元来の臆病で人見知りする性格はどこへやら、おみやげ替わりにと、その日の槐家の夕食を作らせて欲しい、と頼んだ。
もう、材料もスーパーから調達済みである。
「でも、せっかくのお客さんにそんなことをさせるのは……」
水晶は突然の申し出に戸惑ったが、
「まぁ、いいだろう。今夜は蒼星石、翠星石と一緒にいた方が良いかも」
と、槐が許しを出した。
「えーと……ぼくは菜食なんで」恐る恐る、白崎が好き嫌いを述べた。
「わかっているですよ。お前には野菜サラダを作ってやるです」
かつてラプラスの魔として頭を悩ませた白崎だけに、翠星石もぶっきらぼうに答えたが、食卓に並んだ見事なサラダには、イギリス仕込みのサラダクリームが添えられ、その見事なできに白崎も驚いていた。
「卵は微妙にアウトなんだけど、これならいいや」喜んで食べている。
そして、他のみんなにはぷりぷりハートのオムライス。
「おいしい。これの作り方、あとで教えてもらえるかしら？」
水晶も思わずレパートリーに加えたくなったらしい。かつてはローザミィスティカを賭けて闘いあった相手ではあるが、こうしてお互いに闘いに終止符を打った後は、却って闘いの時の反作用か、すんなりとうち解けてしまうのであった。
「いいですよ。教えてやるです」
ちょっと上からの口調であったが、それがもともと翠星石のキャラクターなので、違和感はない。
「うん。確かにおいしい。そうだ。翠星石、今夜はゆっくりしていくといい」
槐の申し出もあり、翠星石はその夜、槐家にお泊まりとなった。
電話でその旨を真紅に伝えると、とりあえず蒼星石を早く休ませた方がよいとのことで、一番風呂をもらい、皆にお休みを伝えてから、蒼星石の部屋、一緒のベッドで休むことになった。
蒼星石のパジャマを借りた翠星石と、ベッドに並んで座って話し込む。
「翠星石、いや姉さん……なんか、なんていったらいいのか」
「まぁ、気にするな、ですう」
「うん」
「それよりも翠星石、いつの間に料理の腕を？ 昔はレンジで卵を爆発させていたというのに」
過去の失敗にコホン、と咳払いをすると、
「まぁそれは、だって真紅は自分で料理作るタイプではないですし、水銀燈は作れるけどもややこしいものはダメだし、めぐはあまり火の前にたたない方が良いし、オディールもあまり体の自由がきかないし、まさかダメ苺が料理を作れるわけはないですからねぇ。初めはもう……いいえ、料理なんかこの翠星石にかかったらチョチョイのチョイですう」
と答えた。翠星石はわりと蔭で努力するタイプのようだった。
「へぇ、さすが翠星石。わたし……いや、僕なんか」
「お前は立派な庭師の腕を持っているです。今日のことは事故です。気にするな、ですぅ」
実は翠星石も庭師の腕はピカいちなのだが、そちらの方面ではあまり積極的に動こうという気はないらしい。
「うん。でも、水銀燈のあの羽、実は僕、知っていたんだ。去年の夏、都会で始めて見て。だけど。水晶のお父さんがそれはまだ他の姉妹には言わない方が……って。ごめんね」
このことについては別段、槐にたくらみや悪意があったわけではなかった。
ただ、槐としてもいろいろと思い当たる節があるものの、まだ考えがまとまらず、全てに憶測の域を出ない状態だったので、慎重になったのであった。
「いいですよ。そんなことくらい。でも、まさか水銀燈にあんな羽が生えるとは。いろいろと訳の分からないところがあっただけに、ますます謎ですよ」
「真紅がだいぶショックを受けていたみたいだけど」
「そりゃ、真紅は水銀燈と同じくらいアリスになりたがっていたから、ああいう形でアリスらしきものが水銀燈に備わると、ショックですぅ。たぶん」
憶測であった。
だが、過去にわりと長い時間を真紅と接してきた翠星石だけあって、よく真紅の気持ちを言い当てることができ、この時も例外ではなかった。
「ところで、あの真紅の胸飾り……ブローチ、どう思う？」
「翠星石が思うに、もともとあのブローチが本来、真紅の衣装の完成型なんじゃないかと思うですよ。いつだったか……真紅が身につけていたお父様のブローチ、あれがなぜかいつの間にか消えて無くなってしまっていたですけど。この翠星石の推理では、お父様が真紅の服に授けようとした細工が間に合わなくて、代わりにブローチをあげたんじゃないかと。それがここに来てようやく完成したから、真紅に備わった。そう考えているです」
「それは大胆な推理だね。まるでくんくん探偵みたいだ」
「お、おちょくるな、です。ただ、どうもあのブローチは不自然な気がしていたですよ。だけど、真紅、あのブローチをどこに仕舞ったんですかねぇ？」
そこで、蒼星石はオーベルテューレのエピソードを翠星石に説明した。もう、話しても時効だろう、と思ったのだ。
「なんとまぁ。そんなことが。うーん……それであの二人は極端にいがみ合っていたのですか」納得する翠星石であった。
「どちらにしても、あの白薔薇には要注意ですぅ」
「うん」
この時点では、まだ二人は雛苺が雪華綺晶の薔薇を平然とむしり取ったことは知らされていなかった。
「ま、寝るですよ。こうして二人で眠るのは久しぶりですぅ」
「うん。お休み翠星石」
「お休みぃ」
こうして、二人は部屋の明かりを消し、眠りについた。
蒼星石にとって、双子の姉が添い寝してくれることは途方もなく落ち着き、安らかなことに思えた。
けれども、お互いｎのフィールドへ自由に行き来できた同士。
しかも、「庭師」としての力を持つ二人がこうして一緒に寄り添って眠りに就いたわけである。何か起きないはずがなかった。
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