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ローゼン登場 ページ11
「と、いうことはですよ」
 そうつぶやくなり、翠星石は持ち前の好奇心から、水銀燈のボディ……人形の体をあらため始めた。
 結果はすぐに分かった。スカートの逆十字は正十字、つまり自分たちの家の庭で昼間、水銀燈が身につけていたものとまったく同じであった。
 それに倣って、蒼星石もまずいかなぁ、と思いつつも、好奇心には勝てず。
 真紅の衣装をチェックした。
「やっぱり。こっちも胸飾りが宝石……ガーネットの細工になっている」
 これも昼間、真紅が着ていたものと同じである。
 二人はその場で少し考え込むと、
「これはきっと、あの雪華綺晶にドールとしての体を壊されてしまったから、お父様が作り直したに違いないです」
「うん。翠星石のその推理、僕も賛成するよ」
 このように結論づけた。
 もちろん、この二人は過去に真紅が、翠星石の夢の世界にこっそりと、ドールの姿に戻って現れていることを知らない。その推理は正しくもあり、正しくもなかった。
「で、僕たちの体はどうなっているんだろうか?」
 蒼星石が興味深げに自分の入れ物の一つを調べようとしたが、翠星石はそれを止めさせた。
「それは、まだ知らない方がいいと思うですよ。楽しみは取っておけ、ですぅ」
「……そうだね。翠星石。そうするよ。だいいち、お父様のお作りになったものを勝手にあれこれ調べるのも失礼だよね」
「わかってくれればいいですぅ。さ、それより早く帰るですよ。もうタイムリミットです」
「うん」
 そうして、二人は手をつないで目を閉じた。
 すると、すう、と静かに二人の姿がこの一室から消えた。あとは同じベッドで一度目覚めるだけである。

 その、誰もいなくなり、しんと静まりかえったローゼンメイデンのドール部屋、とでもいったらいいのか、その部屋に、ふらりとローゼンが入ってきた。
「おや? 誰かが訪問してきたように思えたんだが、気のせいだろうか? それにしても、まさかアリスがあんな形で、わたしの娘たちを破壊したのは想定外だった……特に雛苺」
 そういいしな、ローゼンは雛苺の傍らに腰を落とすと、そっ、とその滑らかな頬に口づけをした。とはいっても……
「うん。成功だ。今でも充分芳香と味を保っているようだ。わたしが今のところ、最後に気がついたのは、究極の少女はいつも甘い最高の砂糖菓子の香りと味がしなくてはならないということだったのだが……それが災いして雛苺はアリスに食べられてしまったからねぇ」
 それは人形師としての、作品のできぐあいの確認であった。
 始めに雪華綺晶によって雛苺が「食べられて」しまったのには理由があったのだ。
 実際に雛苺には特徴の一つとして、食べようと思えば「食べる」ことができるという、妙な特性が備えられていた。
 誰もそれに気づかず、また、試そうとしなかっただけで。
 もっとも、それが能力として役に立つかどうかは別として、ローゼンの打ち立てたテーマの一つの具現としてそのように作られていたのは、間違いないようだった。
「だけど今度は大丈夫。しっかり新しい方法で焼き固めてあるから、食べられてしまうなんて……」
 そこでローゼンはおぞましげにぶるっ、と身を震わせ、続けた。
「そんなことはもう決してできないし、どんな強い薬や毒にも冒されることはなく、かすかに究極の少女ならではの芳香を放ち続けるだろうね。そして、アリスの干渉にも打ち勝つことができることを……願っているよ」
 そういうと、ポン、とその手を雛苺の小さな頭の上に載せ、優しく慈しむように撫でた。

 次に水銀燈の傍にきて。
「水銀燈のデザインはもともと逆十字の部分を折り返してふくらみを持たせるデザインだったが、手違いでそのまま逆十字になってしまったからねぇ……やっと直せたよ。でも、この娘を生み出すのには苦労させられたよ。他の娘たちを完成させたあとでも、まだ迷っていたから……さぞかし、わたしを憎んでいることだろうね」
 銀色の艶やかなその髪を、慈しみつつ撫でた。
 次は真紅の傍に。
「この娘の胸元のアクセントの薔薇は、もともとガーネットの宝石で形作る計画だったが……良い宝石が見つからなくてね。それで代わりにブローチを付けた。けど、気に入らなかったのかな、いつの間にやら無くなってしまっていて。だけど、ようやく最高のガーネットを手に入れられたよ……許してもらえるかな」
 優しい眼差しを真紅に注いだ。
 さいごに、ローゼンは雪華綺晶の前に立った。
「あとは残留意識だけになってしまったアリスをどうやって、雪華綺晶の体の中に封じ込めるかだが……こればかりは少し、時間がかかりそうだ」
 静かながらも、決意を込めた強い意志が感じ取れる口調でそういうと、部屋をあとにした。
 最近、立て続けに「作品」を作り続けたので、娘たちへの養育費について幾許かのゆとりも出てきたローゼンは、満足げに軽く伸びをした。
 また、娘たち自身を守ることについても、とりあえず別の世界へと移住させることによって、当面はその身の安心を確保できた。
 これからしばらくの休暇と研究のあと、次の構想に取りかかるつもりであった。



「桜田くん。今朝のは一体?」
 二時限目を終えた休憩時間に、巴がジュンの元に。
「あ、いや、柏葉。あれはちょっとした間違いで、たまたま僕が遅刻しそうになって走ってたら、ぶつかって、それで……あの、パンツ見えちゃって、あ、僕はなにをいっているんだよ」
 表面はクールさを装いつつも、なぜか内心はドキドキしてしまうジュンであった。
(いったい、なんなんだ……)
「そんなことを聞いてるんじゃないわ。それより、桑田さんよ。どうして急に、あんな派手な格好になったのかしら?」
 あれ? 僕にヤキモチ焼いているんじゃないのか……そう解ると、ちょっぴりジュンは残念な気持ちになったが、あわててそれを打ち消した。
「さあ? 夏休みも近いし、ちょっとイメチェンってヤツじゃないのかな? ちょっとセンス、イマイチだけどな」
 服飾センスの豊かなジュンにとって、桑田由奈の今朝の格好は「わざとらしい」ものでしかなかった。普通の男の子なら、絶対領域を完璧に確保した由奈の制服姿は「萌え」そのものであるはずだし、現に今日の由奈を見てしまった他の男子たちには、少なからず動揺が広がっていたのは事実だった。
 そういえば、遠くの方で固まって話をしている男子の集まりのいくつかから時折「今日の桑田って……」とか「あれ、すげーよなぁ」、「アタックしてみよーかな」なんて噂が漏れ聞こえてきている。

「イメチェンにしては怪しいわ。もしかしたら、背後に何かがいるのかも」
「大げさだなぁ」
「だって雛苺のことを考えると」
 その名前を聞いて、ジュンは急に頭から冷水を浴びせられたように。
「まさか。こんなところまでヤツの力が及んできているなんて」
 戦慄がジュンの背筋を走った。
「わからないわ。もともとあれはミーディアムすらも自在に操るって、桜田君も」
「うん。じゃ、ヤツは桑田に?」
 ジュンは教室に桑田の姿を探した。だが、由奈は次の授業の準備ということで職員室に当番として手伝いに行っており、いなかった。
「とにかく、気をつけるべきだと思うわ。お互いに」
「ああ。そうだな」
 ふう、とジュンはため息をついた。
 ヤツ、つまり雪華綺晶がついに学校生活まで入り込んでくるなんて……真紅は今、どうしているのだろうか? そして、雛苺はあのまま……それは恐ろしい考えになり、ジュンは激しく首を左右に振った。

 と、同時にクラスのざわめきが耳に。そして。
「ジュン。プリント配るの、手伝いなさい」
 聞き慣れた口調。
「あ、うん」
 ついつい、真紅に命じられた時のように自然にうなずく。
 だが、声色は違っていた。
「これか。配ればいいんだろ」
 ぶっきらぼうに言い捨てつつ、後ろから目の前へと差し出されたプリントを受け取る。
「口の利き方に気をつけなさい。まったく、あなたは自分の立場がわかっていないようね」
 ていねいながらも、厳しい叱咤のセリフ。
「なんだよこの呪い人形……って、真紅? いや、違う!」
 ガタンとあわてて椅子から立ち、振り向くと、そこには桑田由奈が。
 言葉遣いに合わせて、身なりに一切スキのない、まさに学年プリンス、いや、学年女王然とした由奈がそこにいた。それは客観的に見ても恐ろしいまでに可愛らしくもまた綺麗であった。つられて、クラス中にどよめきが。

「まったく。使えない家来ね。とっととやりなさい」
 もともとは裁縫の潜在的な才能を別にすると、普通の引き籠もりがちな中学生だったのが、真紅の登場によって調教され、内に隠されていた下僕体質が覚醒したジュンだけに、こういうのにはからきし弱かった。思わず反射的に振る舞ってしまう。
「わかったよ」
「わかった、じゃないでしょ。ハイよはい」
「はいはい」
 仕方なくいうことを聞くジュンであった。
 プリントを配りながら、ジュンは思った。(なんだよ、アレ。まるで真紅じゃないか。それにしてもなんでこの僕が。けれども、なんか妙に悪くない気がするのは……あっ。だめだだめだ)
 またもや、怖い考えになってしまいそうだったので、あわてて考えるのを止めた。
「って、なんでお前が真紅の真似するんだよ!」
 ようやく反撃する。
「あらジュン、真紅って誰」
 そうだ。真紅のことは誰に話しても信じてもらえっこないし、誰も知らない。それに、うかつに真紅の名前を出すのは危険だ−そう気づいたジュンだった。

「いや、なんでもない。配ればいいんだな……、……、……ほら、終わったぞ」
 仕方なく、わがままを聞いてやったジュンであった。
「ありがと。桜田くん。これ、ご褒美」
 いうなり、素早くジュンの横に回り込んだ由奈は、その柔らかく程よく肉付きの良い、薄いリップクリームで艶出ている唇を、ジュンの頬に押し当てた。
「うわぁっ」
 突然のご褒美に驚くジュン。
 クラス全体に走るサプライズ。
 この時、なぜか巴の内部に「負けられない」という気持ちがムラムラと込み上げてきて……思わず、たまたま手にしていた赤鉛筆をつい力任せにバキ、と勢いで折ってしまった……!
 まさに風雲急告げる、2年6組であった。

             この回おわり
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